PROJECT STORY 03迅速な復旧対応で、
被災地に水という安心を。

能登半島地震の復旧対応

PROJECT STORY 01

PROLOGUEプロジェクト概要

2024年1月。能登半島地震が発生し、上下水道インフラの復旧対応にあたる中、同年9月には能登半島豪雨が発生。復旧対応は、地震と豪雨の“複合災害”という、非常に困難な局面に突入することになった。こうした状況に対し、NJSは「水道部門」と「下水道部門」の2つの方向から復旧対応にあたったという。それぞれの取り組みについてお話を伺った。

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  • プロジェクトストーリー
  • 草津下水処理場 能登半島地震の復旧対応
  • K.O 2026/02/19 K.O
    • 執行役員 水道本部長
    • 1997年入社(新卒入社)
  • Y.M 2026/02/18 Y.M
    • 名古屋総合事務所 プロジェクトマネジメント1部
    • 2002年入社(契約社員) 2012年入社(正社員)
  • S.M 2026/02/17 S.M
    • 名古屋総合事務所 プロジェクトマネジメント1部
    • 1995年入社(2014年退社) 2020年再入社(キャリア入社)
  • Y.N 2026/02/16 Y.N
    • 水道本部 企画戦略部
    • 2017年入社(新卒入社)

EPISODE 01

未曾有の被害をもたらした、地震と豪雨の複合災害。

2024年1月1日に発生した能登半島地震。最大震度7を観測したこの地震は、上下水道インフラにも大きな被害をもたらした。最大約14万戸で断水が発生し、広範囲で水の供給がストップ。とくに能登地方の被害は甚大で、一刻も早い復旧作業が求められた。

「大規模な自然災害が起きた場合、全国上下水道コンサルタント協会や日本下水道事業団などの公的機関を通じて、民間企業に支援を要請する仕組みになっています。支援要請を受けNJSでは、『水道部門』と『下水道部門』のそれぞれで復旧作業に当たることになりました。」と、水道本部長のK.Oは話す。

現地の被災状況を尋ねると、「上水道は、水を配る管路が抜けたり割れてしまったりと、水道水を流せなくなっただけでなく、浄水場の設備も壊れてしまい、能登半島の多くの地域では断水状態に陥っていました。下水道は、下水処理場の稼働停止や下水管のたるみなどが発生しており、各地で早急に復旧対応が必要な状況でした」と振り返る。

同年9月。復旧に向けた取り組みがされているさなか、記録的な豪雨が能登半島を襲う。 地震で緩んだ地盤が豪雨に見舞われたことで土砂崩れや河川の氾濫が発生し、周辺地域に甚大な浸水被害をもたらした。ただでさえ過酷だった復旧作業は、地震と豪雨の複合災害によってさらに困難を極めることとなった。

立ち止まりたくなるような状況の中、メンバーはどのような思いで復旧作業に当たっていたのか。

EPISODE 02

きれいな水を、一刻も早く、被災者の元へ。

NJSの水道部門に珠洲市から支援要請が届いたのは、地震発生から数ヶ月後のことだった。能登半島の北部に位置する同市は、耐震化の遅れも相まって被害が拡大。長期間の断水が発生していたのだ。

「浄水場が被災した影響で断水が続いていた地域の復旧作業にあたりました。一刻も早く通水させたいものの、復旧には数カ月かかる見通し。被災者の方が置かれている過酷な環境をなんとかしたく、近隣のダムから取水して仮設の浄水場を設置する対応策を考えました。」こう語るのは、同市の善野地区を担当したY.N。

「きれいな水を届けたい」という一心で、設備の選定からメーカーとの調整、図面の作成までをわずか2〜3週間でやり遂げた。あとは、設置を待つだけだった。 そんな時に予期せぬ事態が発生する。地震によって山肌が崩れたことによって、わずかな降雨でも土砂がダム内に流れ込み、水質を維持できなくなっていたのだ。

「これでは、考えていた浄水処理は実現できない。」対応策は白紙に戻り、新たな解決策を探らなくては──。記録的豪雨が能登半島を襲ったのは、そんな時だった。

それにより、同市の大谷地区でも浄水場が土砂災害に見舞われ、浄水施設全体に浸水被害が発生。ようやく上水道が復旧したさなか、再び長期断水に陥ってしまっていた。

「10月中旬、再度支援要請を受けて珠洲市に入りましたが、浄水場の設備は土砂で埋まってしまっている状態。さらに、珠洲市長からは、仮設住宅への入居が始まる12月1日までに通水することを要請されました。私たちに与えられた期間は、1ヶ月半。なんとしても完遂させるべく、関係者全員で奔走しました。」とK.O。

最適な設備の選定、図面の作成、施工業者との調整などをスピーディーに進め、最終的には、12月2日に通水が完了。「仮設住宅で水が出ている様子をニュースで見た時は、本当にうれしかったです」と、ともに対応したY.Nも当時のことを振り返る。

人智では計り知れない自然災害を前に、全てが好転するわけではない。
それでも、必ずその先には、救われる人がいるのだ。

EPISODE 03

全国の地域事務所とともに、
下水道設備の復旧にあたる。

一方、下水道部門は、どのような復旧対応にあたったのだろうか。 「地震発生後、支援要請が来たらすぐに動き出せるように準備を始めていました」と話すのは、輪島市の下水道施設における復旧業務を担当したY.M。1月中旬には支援要請を受け、すぐに現地調査に駆け付けたという。

「震災から3週間経っていましたが、輪島市につながる道路は1本だけ。もちろん電気も水道も通じていません。安全を確保しながら、食料や水を用意して被災した下水処理場に向かいました。停電によって下水処理施設内の水を汲み上げるポンプ機能が停止。地下施設は水没し、設備がすべて使えなくなっている状態でした。」

どこを、どう復旧すべきか。現状を正確に把握し、その後の設計業務を効率化するために、360°カメラやドローン、3Dモデルを生成するソリューションも導入した。 しかし、応急処置的な復旧作業を終え、正常化のための本復旧が進められる中、こちらも豪雨に見舞われてしまう。

「地震の時よりも浸水被害が大きく、もう一度現場調査から行うことになりました。復旧作業が終わらないうちに、また新たな復旧作業が発生する、大変な現場でした。」

また、下水道部門の被害は、施設だけにとどまらない。S.Mは、「地面に埋まっている下水管の被害も甚大だった」と話す。

「金沢市における下水管の被害距離は約60kmに及びました。耐震基準が変わった後に整備された管路では被害が出ていないのですが、耐震化が遅れていた部分で管路のたるみやマンホールの浮上りが起きてしまったのです。東日本大震災の復旧にも携わりましたが、下水管の被害においては、それ以上に深刻な状況だと感じました。」

膨大な作業になることから、名古屋総合事務所だけでなく、東京や大阪、仙台、九州といった全国の地域事務所と連携して対応にあたっているという。現在も、設計と工事を同時並行で進めているものの、完成の目処はまだまだ先。耐震補強も施しながら、未来の災害に耐えうるインフラをつくっている。

EPISODE 04

水という生命線を、守り抜くために。

NJSに入社して28年になるベテランのK.Oは、想像以上の被害をもたらした、地震と豪雨による“複合災害”についてこう語る。

「長年水道業界に携わってきましたが、これほど深刻な復旧対応は初めてでした。それでも乗り越えられたのは、NJSの組織力があってこそだと思います。全国の地域事務所に協力してもらったり、さまざまな経験を持つベテラン社員に意見をもらったりと、一人ではできないことも、NJSというチームだったら解決できる。今回の事例から、複合災害に対する備えやさらなる強靭化についても、今以上に踏み込んで考えていきたいです。」

自身も被災経験があるというS.Mは、復旧業務への想いを語る。

「私は、幼少期に1978年宮城県沖地震を経験しました。しばらく水が使えず、不安な思いをしたのを今でも覚えています。水は、単に食事やトイレといった生命維持のためだけでなく、精神的な安定を取り戻すためにも欠かせないもの。そういう意味でも、復旧業務に携われることに、社会的な意義と使命感を感じています。」

緊急性が高く、迅速な対応が求められる、災害復旧の現場。
次々に困難が押し寄せたとしても、NJSの社員は決して諦めない。“今、自分たちにできること”を考えて、即座に行動することこそが、NJSに深く根付くDNAなのだ。