トピックス  No.12 07/12/25 最終更新:09/10/15

フランスでは下水道がいかに民間化されているか

 フランスでは、インフラとして下水道施設の所有権は自治体が保有しながら、運営部分を20年前後の長期契約で民間に任せる形態が一般的と言われています。しかし、水道事業と異なり、下水道事業では意外に直営が多いという説もあり、正確なデータに基づく議論が望まれるところです。また、下水道事業の運営は独立採算が原則となっていますが、フランスの自治体は全体に規模が小さいため、スケールデメリットをどのように克服しているかも今後のわが国の下水道事業のあり方を考える上で参考になると考えられます。
 経営工学研究所では、フランスにおける下水道事業民間化の実態についてデータをレビューするとともに、前回、米国の主要都市を対象とした下水道事業ホームページの広報状況調査に続く第二弾としてフランス版を用意しました。

      

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■フランスにおける下水道事業経営の形態

 
 フランスの上下水道事業では、コンセッション(concession)やアフェルマージュ(affermage)による民間化が行われていることは良く知られています。
 コンセッションとは、契約期間20~30年程度でインフラ整備の資金調達も民間が行いますが、アフェルマージュは施設のリース契約で、契約期間は10~15年程度と短く、インフラ整備の資金調達の大半を行政が行う方式です。また、コンセッション、アフェルマージュともに、使用者との契約締結と使用料徴収の権限を賦与される代わりに、独立採算経営が要求されます。ただし、フランスではどちらの場合も、上下水道料金の大部分の設定権限とインフラ資産の所有権は行政が保持することに変わりはありません。
 なお、アフェルマージュは、わが国の有料高速道路で導入された上下分離(資産と債務は日本高速道路保有・債務返済機構が持ち、運営、料金の収受と道路資産リース料の支払いを民営化された各道路会社が行う)方式に近い方法です。
 エコロジー・持続可能開発省(Ministère d'Écologie, du Développement et du Aménagement Durables)の環境庁(IFEN:Institut Français de l'Environnement)が農漁業省統計調査研究部(SCEES)と共同で実施した調査(Les services publics de l'eau en 2004 - Volet eau potable)のデータによれば、フランスにおける下水道事業経営の形態は概略次のとおりです。

◆フランス全土にある自治体(commune)36,646のうち下水の集合処理を実施しているものは、約64%にあたる23,614団体です。このうち単一自治体による実施は約5,627、残り17,952団体は広域又は混成自治体(organisation intercommunale ou mixte)が実施しています。
 広域又は混成自治体とは、例えばディジョン(Dijon)市の場合、La Communauté de agglomération dijonnaisというDijon市を中心とした都市圏共同体で都市計画、経済開発や環境関連行政を実施していますが、そのうち上下水道についてはさらにSyndicat mixte du dijonnaisという混成事務組合を結成し、都市圏共同体周辺の自治体が下水処理のみをこの組合に委託するといった形態も許容されています。

◆運営方式で見ると、23,614団体のうち直営(gestion directe en régie)は14,971(約63%)、委託(gestion déléguée)のうちアフェルマージュは6,991、その他1,652団体はコンセッション又は混合委託方式となっています。ただし直営とはいっても、全ての業務を自治体の職員が実施するとは限らず、施設の運転・維持管理を切り出して民間に委託する例もあります。
 下図は、運転・維持管理を切り出して民間に委託する際の ジェランス(gérance)と呼ばれる形態を表したものです。ジェランスは、わが国で「単純業務委託」と訳されており、この図ではわが国の通常の維持管理委託契約に近い「サービス購入型」の形態になっていますが、通常は使用料の収受を抱き合わせにすることが多いようです。契約期間は3~5年と言われており、その点からもわが国の地方自治法に基づく公の施設の指定管理者制度に似ているといえます。これとは別に、「業績連動型委託」と一般に訳される régie intéresséeという形態もあり、これは業績に応じて委託料が増減する点がgéranceと異なると言われています。


 
注)L'Office International de l'Eauのホームページ http://www.oieau.fr/gest_eau/france/index.htmの掲載図に加筆

 なお、この23,614団体について水道事業の運営方式を見ると、直営10,415、アフェルマージュ11,078、コンセッション又は混合委託方式2,120となっており、下水道事業では意外に直営が多いことが特徴といえるでしょう。

◆上下水道料金で見ると、23,614団体の平均水道供給単価は1.46ユーロ/m3(2009/10/14現在の為替相場で195円)、平均下水道使用料単価は1.55ユーロ/m3(同207円)です。(わが国の水道供給単価は173円/m3、下水道使用料単価は134円/m3(いずれも平成19年度版地方公営企業年鑑(総務省)による。)) フランスはTVA込み(付加価値税、通常税率は19.6%ですが上下水道料金は5.5%の軽減税率)であるのに対して、わが国は消費税抜きの金額ですので一律の比較はできませんが、わが国よりもかなり割高な料金設定となっています。また、直営と委託を比較すると、水道、下水道いずれでも委託の方が高く、下水道使用料単価では直営1.38ユーロ/m3、委託1.69ユーロ/m3という数字になっています。

◆なお、上記の自治体数(23,614団体)には、広域又は混成自治体に事務を委託しているものがありますので、実際に自ら下水道事業を所管している団体の数は概ね12,000とされています。(L'Office international de l'eauによる。)


■民間化の実態把握の方法


 フランス本土にある22の地域圏(région)の圏府を対象として、各自治体のホームページを閲覧し、直営・委託の別、委託の場合の民間業者名を把握しました。
 また合わせて、各自治体のホームページにおける下水道の広報の実態を把握するため、アメリカの自治体について試みたものと同様に、財務・経営面の広報、教育・啓発(ビデオ、子供向けコーナー、ブックレット)の有無をチェックし、コンテンツの内容の豊富さ、PR度を評価しました。


■各都市の民間化状況

主要22都市における下水道事業の民間化の状況は下表のとおりです。これらの都市のほとんどでは都市圏共同体が広域的に下水道事業を実施しており、そのうちいくつかは都市圏共同体からさらに混成事務組合(syndicat mixte)に委託している場合があることは上述のとおりです。
 また、一つの都市でも処理区によって直営、管理委託、アフェルマージュを使い分けている場合もあります。情報が得られた13都市のうち、直営は7、管理委託は7、コンセッションは1、アフェルマージュは6となっており、意外に直営が多いことを裏付ける結果となっています。契約先は、事務組合が5、ヴェオリア社が5、スエズ社が5、ゾー社が3、その他3となっており、ヴェオリア社とスエズ社のシェアが高いことがわかります。
 
 小規模自治体が単独で下水道事業を運営している場合の民間化状況は個別に調査する以外にはありませんが、ヴェオリア社、スエズ社、ゾー社といった特定大会社の国内シェアが大きいことから、自治体ではなく受託業者レベルでの地域的連担が実現されている可能性があります。(相互に隣接する自治体の下水道事業運営契約をまとめて一つの会社が受託するなど)

Préfecture
地域圏の中心市
直営 管理委託 Concession Affermage 契約先
Regie
intéressée
Gérance Syndicat VEOLIA
(CGE)
SUEZ
(LDE)
SAUR その他
Ajaccio 言及なし
Amiens 言及なし
Orlèans 言及なし
Caen 1 1 1 1 1 1
Clermont-Ferrand 1 1
Châlon-en-Champagne 言及なし
Strasbourg 1 1
Dijon 1 1
Toulouse 言及なし
Nantes 1 1 1 1 1 1
Besançon 1
Poitiers 言及なし
Bordeaux 1 1
Marseille 1 1
Metz 1
Montpellier 言及なし
Lille 1 1 1 1 1 1
Limoges 1 1 1
Lyon 言及なし
Paris 1 1
Rouen 1 1 1 1 1 1
Rennes 言及なし
7 1 6 1 6 5 5 5 3 3


■各都市の下水道事業広報の状況

各都市の下水道事業に関するホームページにおける広報の状況は下表のとおりとなりました。米国と比べると全体に簡潔な内容のものが多く、特に財務状況については数都市の年次報告書(Brochureとして分類)の中で言及される程度となっています。むしろ、腐敗槽形式の個別処理システムの広報に力を入れているものが多いことが目立ちます。

 下水道事業の歴史はわが国よりも古く、第二次大戦で大きな被害を受けた都市を除けば、投下資本の回収も終わった安定運営段階にあると考えられることや、下水道使用料の水準が高いことから考えても、集住区域における下水道事業の必要性や費用負担については改めてPRするまでもない合意事項、ということなのかも知れません。実際にホームページでブックレット類を提供している自治体は、最近改築したか、改築予定の処理場の概要や建設財源の内訳を紹介している場合が多いことも確かです。それだけ建設改良投資と住民の理解を求める必要性が相対的に小さい、事業の成熟段階にあることを示しているともいえるでしょう。この辺は、旧市街地辺縁で人口が大きく増加し、拡張整備投資が続けられているアメリカとも大きく異なる点です。

 なお、パリの旧市街地では、19世紀以来の下水道管が継続して使用されていますが、堅牢な造りで現在でも問題なく使用できるそうです。むしろ、戦後に整備したヒューム管に腐食による手直しが必要な箇所が出てきているそうです(パリの地元コンサルタントの話による)。

地域圏の
中心市
コンテンツ URL
Fiscal Audio/Video For Kids Brochure
Ajaccio -
Amiens http://www.amiens.fr/
Orlèans 1 http://www.ville-orleans.fr/Qualite/Developpement
Durable07.cfm
Caen http://www.caenlamer.fr/dea/index.asp
Clermont
-Ferrand
1 http://www.clermont-ferrand.fr/Assainissement-
Exploitation-eau-et.html
Châlon-en
-Champagne
http://www.chalons-en-champagne.net/fr/accueil
/acceder-aux-services-de-la-mairie
/intern.aspx?id_version=2898
Strasbourg 1 http://www.strasbourg.fr/environnement
/assainissement
Dijon 1 http://www.grand-dijon.fr/environnement
/eauvitale/le-syndicat-mixte-du-dijonnais-smd
-956.jsp
Toulouse http://www.grandtoulouse.org/index.php?
pagecode=321
Nantes 1 http://www.nantesmetropole.fr/32031777/0
/fiche___pagelibre/
Besançon http://www.besancon.fr/index.php?p=893
Poitiers 1 http://www.agglo-poitiers.fr/index.php?page
=ctrlnavig&id_rubrique=31&id_page=40
Bordeaux http://www.lacub.com/service/13_
assainissement.asp?ville=000&choix=13
Marseille 1 http://www.seram-marseille.fr/
Metz 1 http://www.haganis.fr/front/go.do?sid=origin_of
_the_project_1110184222354197
Montpellier http://www.montpellier-agglo.com/98588549/0
/fiche___pagelibre/&RH=1159291527598&
RF=1140898570870
Lille 1 http://www.cudl-lille.fr/
Limoges 1 1 http://www.agglo-limoges.fr/metropole
/siteinternet.nsf/ALL/2173707A5C72316FC
12572670053CDED?OpenDocument
Lyon http://www.grandlyon.com/assainissement.
58.0.html
Paris 1 http://w2.siaap.fr/
Rouen 1 http://www.agglo-rouennaise.fr/index.php?page
=pratique/eau_ass/index_eau_ass.php
Rennes 1 http://www.rennes.fr/index.php?id=283
0 3 2 9


■パリ市水道の再公営化

 パリ市の下水道事業は、下水の収集を市が、処理をSIAAP(Syndicat Interdépartmental pour Assainissement d'Agglomération Parisienne) というパリ市を含む広域事務組合が実施しています。一方、水道事業は、浄水から送配水までは市が100%の株式を保有するEau de Paris社が、給水はセーヌ川を境にヴェオリア社とスエズ社の各子会社が行っています。

 このうち水道の給水サービスをもう少し詳しくみると、セーヌ川の右岸側(凱旋門やルーブル美術館がある方)をCompagnie des Eaux de Paris社(ヴェオリア社の子会社、通称CEP)が、左岸側をEau et Force- Parisienne des Eaux社(スエズ社の子会社、通称EF-PE)が各々実施しています。これは、シラク元大統領がパリ市長在任中の1985年に締結された、25年間のアフェルマージュ契約によるもので、2009年12月31日をもって契約が終了することになっています。2008年3月に再選されたパリ市の左派市長ベルトラン・デラノエ(Delanoë)氏は、かねての公約どおり、この契約を更改せず公営に戻すと発表し(2008年6月)、大きな話題となっているところです。

 水道再公営化の実質的な動きは2007年4月に始まっていて、このとき、浄水・送配水サービスを行っているEau de Paris社(パリ市が70%を出資する第三セクターで、ヴェオリア社とスエズ社が14%ずつ出資)の株式のうち、ヴェオリア社とスエズ社が保有する分を市が購入し、Eau de Paris社は市の100%出資会社となっています
注1)。また、2007年11月5日には、デラノエ市長が公約を発表し、2008年3月の選挙で再選された暁には、パリ市水道のすべて(浄水・送配水部門は市の100%出資会社となったため、残りの給水部門)を再公営化することを打ち出していました。再選後2008年6月2日に行われた再公営化に関する上記のプレスリリースは、この公約を実行に移したものです。

 2009年1月には、現在のEau de Paris社を改組して新たに商工公社(Établissement public à caractère industriel et commercial: Epic)が発足し、2010年1月1日からは、同公社が浄水・送配水業務だけでなくCEP社とEF-PE社に委託している給水業務を合わせて開始することが予定されています
注2)注3)。この改組と再公営化にあたり、アフェルマージュ契約に基づきこれまで業務を実施してきたCEP社とEF-PE社両社の有する人材やノウハウが失われることを危惧する声も出ています。

 2008年10月6日付けのJournal de l'environnement誌に掲載されたEau de Paris社の社長アン・ルストラ女史へのインタビューでは、商工公社が雇用する職員の能力が不足する場合は、公共調達(marchès publics)の手続きにより、工事請負業務(marchès de travaux)やコールセンターによる顧客管理のような特殊業務を外注する可能性があると述べています。すなわち商工公社からは、従来のアフェルマージュやコンセッション、あるいはジェランス(gérance)やレジアンテレッセ(régie intéressée)といった再委託の形態は想定されていない訳で、業務の引継ぎや職員の雇用をめぐり、市、商工公社、ヴェオリア社、スエズ社との間で相当綿密な調整や駆け引きが必要となるでしょう
注4)。アン・ルストラ社長も上記のインタビューで、フランスではサービスの民営化は非常に容易であるが、民営を公営化することは大変難しいと述べています。

注1)
 正確には、ヴェオリア社とスエズ社が保有していた28%の株式は、フランスの公的金融機関である預金供託金庫(Caisse des Dépôts et Consignations)が購入し、残り2%はパリ市の出資法人4社が0.5%ずつを保有しています。これらを合わせた30%分、15,000株(6.2百万ユーロ=約7.6億円相当)は、2008年11月24日の市議会の議決を経てパリ市が購入する計画です。(市議会への附議議案2008DPE090号、2008DF084号による。)

注2)
 市と商工公社の契約は、市とEau de Paris社との浄水・送配水に係るコンセッション契約が終了する2011年12月末日までの期間は、当該コンセッション契約に準じた内容とし、それ以降は新たな委託契約が締結されることになります。(上記附議議案による。)

注3)
 商工公社の設立は、2008年11月24日の市議会で議決されましたが、反対意見としては、①パリ広域圏の視点が欠けている(パリ市周辺の144自治体で構成されるイルドフランス水事業組合では、2008年12月に民間委託契約の更新について議決する予定)、②(商工公社への一本化による効率化、公社組織により租税負担や利益確保の必要がなくなること等を通じて、料金を据え置いたままサービス水準の向上が可能という)市の試算どおりにいく保証はなく、結局のところ市民に新たな負担を強いることになるのではないか、といったものがあったようです。(フランス通信社(AFP)Josette Michy氏の配信記事による。)

注4)
 CEP社とEF-PE社の職員は、Eau des Paris社の職員と合わせて900人にのぼるそうですが、現在のところ、身分と給与を維持したまま商工公社に移行することになっています。(2008年11月20日付けのJournal de l'environnement誌記事による。)

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