トピックス  No.25 09/01/05  最終更新:10/07/07 

パリ市水道の再公営化

 パリの水道は、浄水から送配水までは市が100%の株式を保有するEau de Paris社がコンセッション契約により、また給水はセーヌ川を境にヴェオリア社とスエズ社の各子会社がアフェルマージュ契約により行ってきましたが、パリ市のデラノエ市長が2010年1月から再び公営化する旨を宣言し、大きな話題となっています。その背景を含めて最新情報を整理しました。

      

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■再公営化の概要

 パリ市の下水道は、下水の収集を市が、処理をSIAAP(Syndicat Interdépartmental pour Assainissement d'Agglomération Parisienne) というパリ市を含む広域事務組合が実施しています。一方、水道事業は、浄水から送配水までは市が100%の株式を保有するEau de Paris社(SAGEP: Société anonyme de gestion des eaux de Paris)が、給水はセーヌ川を境にヴェオリア社とスエズ社の各子会社が行っています。

 このうち水道の給水サービスをもう少し詳しくみると、セーヌ川の右岸側(凱旋門やルーブル美術館がある方)をCompagnie des Eaux de Paris社(ヴェオリア社の子会社、通称CEP)が、左岸側をEau et Force- Parisienne des Eaux社(スエズ社の子会社、通称EF-PE)が各々実施しています。これは、シラク元大統領がパリ市長在任中の1984年に締結された、25年間のアフェルマージュ契約によるもので、2009年12月31日をもって契約が終了することになっています。2008年3月に再選されたパリ市の左派市長ベルトラン・デラノエ(Delanoë)氏は、かねての公約どおり、この契約を更改せず公営に戻すと発表し(2008年6月)、大きな話題となりました。

 水道再公営化の実質的な動きは2007年4月に始まっていて、このとき、浄水・送配水サービスを行っているEau de Paris社(パリ市が70%を出資し、ヴェオリア社とスエズ社が14%ずつ出資)の株式のうち、ヴェオリア社とスエズ社が保有する分を市が購入し、Eau de Paris社は市の100%出資会社となっています
注1)。また、2007年11月5日には、デラノエ市長が公約を発表し、2008年3月の選挙で再選された暁には、パリ市水道のすべて(浄水・送配水部門は市の100%出資会社となったため、残りの給水部門)を再公営化することを打ち出していました。再選後2008年6月2日に行われた再公営化に関する上記のプレスリリースは、この公約を実行に移したものです。

 2009年1月には、現在のEau de Paris社を改組して新たに商工公社(Établissement public à caractère industriel et commercial: Epic)が発足し、2010年1月1日からは、同公社が浄水・送配水業務だけでなくCEP社とEF-PE社に委託している給水業務を合わせて開始することが予定されています
注2)注3)。この改組と再公営化にあたり、アフェルマージュ契約に基づきこれまで業務を実施してきたCEP社とEF-PE社両社の有する人材やノウハウが失われることを危惧する声も出ています。

 2008年10月6日付けのJournal de l'environnement誌に掲載されたEau de Paris社の社長アン・ル・ストラ女史へのインタビューでは、商工公社が雇用する職員の能力が不足する場合は、公共調達(marchès publics)の手続きにより、工事請負業務(marchès de travaux)やコールセンターによる顧客管理のような特殊業務を外注する可能性があると述べています。すなわち商工公社からは、従来のアフェルマージュやコンセッション、あるいはジェランス(gérance)やレジアンテレッセ(régie intéressée)といった再委託の形態は想定されていない訳で、業務の引継ぎや職員の雇用をめぐり、市、商工公社、ヴェオリア社、スエズ社との間で相当綿密な調整や駆け引きが必要となるでしょう
注4)。アン・ル・ストラ社長も上記のインタビューで、フランスではサービスの民営化は非常に容易であるが、民営を公営化することは大変難しいと述べています。

注1)
 正確には、ヴェオリア社とスエズ社が保有していた28%の株式は、フランスの公的金融機関である預金供託金庫(Caisse des Dépôts et Consignations)が購入し、残り2%はパリ市の出資法人4社が0.5%ずつを保有しています。これらを合わせた30%分、15,000株(6.2百万ユーロ=約7.6億円相当)は、2008年11月24日の市議会の議決を経てパリ市が購入する計画です。(市議会への附議議案2008DPE090号、2008DF084号による。)

注2)
 市と商工公社の契約は、市とEau de Paris社との浄水・送配水に係るコンセッション契約が終了する2011年12月末日までの期間は、当該コンセッション契約に準じた内容とし、それ以降は新たな委託契約が締結されることになります。(上記附議議案による。)

注3)
 商工公社の設立は、2008年11月24日の市議会で議決されましたが、反対意見としては、①パリ広域圏の視点が欠けている(パリ市周辺の144自治体で構成されるイルドフランス水事業組合では、2008年12月に民間委託契約の更改を議決予定)、②(商工公社への一本化による効率化、公社組織により租税負担や利益確保の必要がなくなること等を通じて、料金を据え置いたままサービス水準の向上が可能という)市の試算どおりにいく保証はなく、結局のところ市民に新たな負担を強いることになるのではないか、といったものがあったようです。(フランス通信社(AFP)Josette Michy氏の配信記事による。)
 【追記1】 なお、上記、イルドフランス水事業組合の民間委託継続に関する議決については、2008年12月、賛成88、反対54で委託の継続が議決されました。現在のヴェオリア社との委託契約は、1923年以来80年以上の歴史を持つもので、契約終了は2010年12月末日となっています。2011年からも引き続き委託がなされることになりますが、契約の形態はrégie intéressée(業績連動型委託)の形を基本としながら抜本的に見直すことになるそうです。
 【追記2】 2009年4月15日付けのJournal de l'environnement誌記事によれば、このイルドフランス水事業組合の契約の見直しに際し、ヴェオリア社との単独契約となっている形態を改め複数の契約に分割する議案が、スエズ社からの強い圧力を受けて理事会に上程されていましたが、4月9日に否決されたとのことです。
 【追記3】 Global Water Intelligence誌2009年5月号の記事によれば、イルドフランス水事業組合における次期更改契約の契約期間は10~12年、またスエズ社が求めていた複数の契約への分割提案は、セーヌ川、オワーズ川及びマルヌ川の3河川の流域で分割するものであったそうです。ヴェオリア社やスエズ社のほか、スペインやドイツの民間水道会社も関心を寄せていますが、契約が一本となったことにより、実質的にフランスのメジャー水道会社以外には参入の道を閉ざす、保護主義の表れではないかとの批判も出ています。
 【追記4】 Global Water Intelligence誌の速報によれば、イルドフランス水事業組合の次期契約更改について参加資格審査を通過した4者のうち、ソー社はいったん提出した提案書を取り下げて辞退、また2010年1月末、独仏連合の1グループが提案書の不備で失格となり、結局ヴェオリア社とスエズ社の2社の競争になったそうです。2010年5月末には契約候補者が選定される予定です。
 【追記5】 イルドフランス水事業組合の契約更改の事業者はヴェオリア社で決定しました。事業期間は12年間、契約金額は総額30億ユーロ、年間2.5億ユーロ(1ユーロ110円として総額3,300億円、年額275億円)となっています。

注4)
 CEP社とEF-PE社の職員は、Eau des Paris社の職員と合わせて900人にのぼるそうですが、現在のところ、身分と給与を維持したまま商工公社に移行することになっています(2008年11月20日付けのJournal de l'environnement誌記事による)。 なお市の職員は出向扱いとなります。
 【追記】 2010年1月1日から当初の計画どおり運営の一元化を果たした新生オードパリ社は、職員数880人でスタートしたとありますので、CEP社、EF-PE社のほぼ全員が新生オードパリ社に移行したようです。また、職員の身分取り扱いや給与体系の不統一を是正する枠組みが2009年6月に関係者間で合意に至っており、2010年1月1日から実施されるということです(同社HPによる)。


■再公営化の経緯

 この段落「再公営化の経緯」の情報源は、2008年11月のパリ市議会に市当局から提出された附議議案(2008DPE090: Direction de la Propreté et de l'eau)であり、契約の一方の当事者であるヴェオリア社やスエズ社の見解は考慮していないことをお断りしておきます。

 さて、Eau de Paris社との浄水・送配水サービス委託契約(1987年締結)、EF-PE社、CEP社との給水サービス委託契約(1984年締結)はともに、1993年のサパン法(loi Sapin:政治腐敗防止の一環として、公役務の委任に関する契約の手続や期間等のルールを定めた法律)の制定前に締結されたもので、契約の透明性の観点から問題が指摘されていました。例えば、Eau de Paris社にはEF-PE社とCEP社を監視する権限が市から委譲されたにも関わらず、その監視される側のEF-PE社とCEP社がEau de Paris社に資本参加しているといった点です。また、契約上達成すべき目標が明文化されていないため、EF-PE社とCEP社が提供するサービスの質を適切に管理できないという不備もありました。イルドフランス地方会計検査院(La Chambre régionale des Comptes d'Ile-de-France)からは2000年に、パリ市監査員室(l'Inspection générale de la Ville)からは2001年に、それぞれパリ市水道の組織と機能に対する厳しい批判がなされています。

 デラノエ氏がパリ市長に初当選したのは2001年3月ですが、まず、2009年の給水サービス契約の終了までに鉛管の全部更新を行うことを契約に盛り込んだり、EF-PE社とCEP社の監視権限(Eau de Paris社に委譲)や給水管の建設投資(EF-PE社とCEP社に委譲)を市に戻すなどの契約の変更などが手がけられました。
 こうした手直しにも関わらず、契約の基本構造から来る不合理性と不透明性は変えようもありません。例えば、浄水・送配水サービスと給水サービスに分かれた各委託の業務境界が曖昧であるため、給水管の建設・維持はCEP社とEF-PE社の責任範囲であるにも関わらずEau de Paris社の介入が数多くあり、同一の工事の責任をめぐって紛争に発展することもあったそうです。パリ市長の任期(1期7年)は2008年3月まででしたが、給水サービスの委託契約が2009年12月末に、浄水・送配水サービスの委託契約が2011年12月末にそれぞれ期間満了となることを見据えて、将来の最適な水道事業運営の組織形態を検討すべく、2006年から2007年の2年間をかけて調査が行われました。

 1年目の2006年は、パリ市水道に関係する議会の与野党議員、行政スタッフ、運転管理職員、利用者、広域事務組合などを対象としたニーズ調査がコンサルタントに委託され、次の四点が明らかになったそうです。
◆ 水道料金は、国内の他の大都市又はパリ近郊の自治体と比べても妥当な水準にある。
◆ 利用者へのサービスは、満足すべき水準にある。
◆ 水道資産を継承し、サービスの質と安全性を維持するため、市は契約満了までの期間に行動を起こすべきである。
◆ 水道サービス全体にわたり市のコントロールがきく最適な組織体制となるよう、浄水から送水に至る各段階の責任範囲を再検討すべきである。
 結論としては、市のコントロールのあり方の問題と合わせて、委託が分割されているために水道料金の内訳がわかりにくく、人件費等に関する複雑なスライド条項と相まって不透明性を高めているというものでした。

 この結論を踏まえて翌2007年には、次の調査研究が実施されています。
(1) 水道事業の組織体制に関する国内・欧州の9大都市との比較研究
(2) 既存の3契約書の法務・財務面からの比較研究(契約期間満了時の市の負担額を決定するため)
(3) 水道事業の運営形態に関する今後のシナリオ設定と分析
(4) 水道資産の状態調査
 このうち上記(3)で設定されたシナリオとその長短の比較は下表のとおりで、直営に一本化することで得られる法人税・事業所税の免除、減価償却期間の延長、利益の非計上だけで年間3,000万ユーロ(1ユーロ=130円として39億円)の節減が可能と試算されています。

浄水・送配水=直営
給水=アフェルマージュ委託
浄水・送配水・給水=直営
組織運営面 × 直営と委託の業務分担を明確にする必要があるが、実際上は委託先の責任範囲を拡大することになるため、市の関与を高めることにならない。
○ 現状とあまり変わらないため、実現は容易。
○ 一体的に直営とすることで料金の設定根拠を明確化できる。
○ 業務の統合により責任範囲の明確化と生産性の向上が図られ、利用者にもメリットがある。
× 現状からの移行はより複雑。
経済面 × 給水サービスに対する現状の委託額を大幅に削減できないと経済面でメリットが出ない。
○ 移行に必要な費用は極少。
× 2社の委託先が残るため、組織運営体制を最適化することは不可能。
○ 生産性の向上による経費の節減が期待できる。
× 移行に経費がかかる。
○ 浄水・送配水と給水を一体的に受託することはCEP社とEF-PE社の長年の希望ではあるが、直営組織とすることで次のようなメリットがある。1)法人税や事業所税の免除、2)契約期間満了の概念がないことによる減価償却期間の延長、3)現在の給水委託契約で計上されている利益の解消。

 直営の組織として検討された商工公社(Établissement public à caractère industriel et commercial: à caractèreを外してEpicと略される)は、独立採算制をとる法人です。地方自治法(Le Code général des collectivités territoriales)では、1926年から途切れることなく直営で行っている場合に限り、直営でのサービス提供を継続できるとの規定があります。パリ市水道では既に1985年と1987年から委託を行っていて直営での実施が不可能であることから、商工公社という組織形態をとることになりました。また、この組織形態を取ることで民間企業と公務員の給与体系が併存可能となるため、能力給による補正を加えつつ、Eau de Paris社、CEP社、EF-PE社の各職員を雇用できるというメリットもあります。

 この商工公社の業務内容は次のとおりで、現在CRECEP(Centre de recherche d'expertise et de contrôle des eaux de Paris)が行っている検査・研究業務も継承することになっています。
(a) 地表水及び地下水の長期的な保護、保全、涵養
(b) 浄水処理と送配水
(c) 給水
(d) 利用者への情報提供と利用者の管理
(e) 水道水質の監視と遵守
(f) 水道に関する調査研究
(g) 水供給の安全確保と優先度の高い需要を満たすこと
(h) 非飲用水の処理、送配水及び給水。また関連する利用者との共同による雨水の流出抑制と再利用


■今後のスケジュール

 今後のスケジュールは次のようになっています。浄水・送配水業務に関するEau de Paris社とのコンセッション契約の満了は2011年12月末になっていますが、この契約は2009年上半期に打ち切られ、Eau de Paris社はその全株式と資産を商工公社に譲渡することにより商工公社に改組される形となります。この商工公社の設立準備のためこの1月22日に理事10名が集まり、定款が採択されました。同公社の名称はEau de Parisの名称を継承してRégie Eau de Parisとなります。

 【追記】 この新生オードパリ社は、2009年5月1日に正式に発足しました。アン・ル・ストラ女史を理事長とした職員数600人体制でのスタートで、2010年1月からは給配水に係る職員が加わることとなります。

年月日 摘要
2009年初頭 商工公社(Epic)の発足
2009年上半期 商工公社による浄水・送配水業務の承継(市から商工公社に委任)
2009/12/31 EF-PE社、CEP社とのアフェルマージュ契約満了
2010/01/01 商工公社による給水業務の承継(市から商工公社に委任)


■参考文献

1) Casalonga, Sabine (2008), 11 Novembre 2008, "La municipalisation de l'eau à Paris soumise au vote lundi", Journal de l'environnement.
2) Ginestet, Agnès (2008), 6 Octobre 2008, "Services de l'eau à Paris: «Il est beaucoup plus facile de passer du public au privé que de privé au public», Journal de l'environnement.
3) Michy, Josette (2008), 24 Novembre 2008, "Delanoë municipalise la distribution de l'eau à Paris", L'Agence France-Presse.
4) Casalonga, Sabine (2008), 15 Decembre 2008, "Sedif: les élus votent pour la poursuite d'une gestion par le privé", Journal de l'environnement.
5) Mairie de Paris (2008), 2008 DPE 090: Direction de la Propreté et de l'eau.
6) Mairie de Paris (2008), 2008 DF 084: Direction des Finances.
7) Laimé, Marc (2007), 22 Mars 2007, "Paris va éjecter Veolia et Suez de la SEM Eau de Paris", eauxglacees.com.
8) Laimé, Marc (2008), 3 Juin 2008, "Bataille médiatique pour l'eau du «Grand Paris»", eauxglacees.com.
9) Réveil Communiste (2008), 24 Novembre 2008, "Re-municipalisation de l'eau à Paris".
10) Ministère de l'Écologie, de l'Énergie, du Développement durable et de l'Aménagement du territoire (2004), "Les différents modes de gestion de l'eau en France".
11) Ministère de l'Écologie, de l'Énergie, du Développement durable et de l'Aménagement du territoire (2004), "Les réformes engagées et en cours en France".
12) L'Expansion.com (2008), 19 Novembre 2008, "Paris va re-municipaliser sa distribution de l'eau".
13) Mairie de Paris et Eau de Paris (2008), Reforme du service public d'eau à Paris. http://www.eaudeparis.fr/cgi/epic/images/reforrme_service_public.pdf.
14) Eau de Paris (2009), "Premier Conseil d'Administration de la régie EAU DE PARIS".
15) Roux-Goeken, Victor (2009), 15 Avril 2009, "Sedif: le service de l'eau confié à une seule entreprise", Journal de l'environnement.

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