トピックス  No.38 11/10/18 最終更新:11/11/01

水ビジネスの世界地図 ~中東の巻~

 「水と水技術」No.12(2011年9月、オーム社刊)への掲載記事を一部改変

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■どこまでを中東というか

 中東という地域の範囲は、アフガニスタンまたはイランを東端とし、北はトルコ、西はイスラエルないしエジプトまでをさすことが多いのですが、もともと、西欧諸国によるインド以西地域の植民地化政策のなかで出てきた地理区分なので、北アフリカ諸国を含めたり、アフガニスタンを含めたりと、その時々の国際政治情勢によってエリアが動いて定まりません。外務省では、アフガニスタン~イスラエルまでを中東と呼んでいますが、本稿では少し的を絞ってイラン~イスラエルまでとしておきます。

図-1 中東諸国と主要都市(出典:外務省ORRnetホームページ)


■概して大きい水使用量

 中東諸国でもペルシャ湾岸諸国の水使用量は、乾燥地帯という割にはかなり多くなっています。1人1日あたりの水道水の使用量をみると、たとえばカタールは飛び抜けて大きく985㍑、またクウェート約570㍑、サウジアラビア約220㍑という具合です。ほかの国々はというと、たとえばイスラエルは少し大きめで約290㍑ですが、イランは約210㍑、トルコは約180㍑といった程度です。水道料金も概して安く設定されているため、湾岸諸国ではオイルマネーに飽かせて水を使い放題、と言っても言い過ぎではないかもしれません。

 その水源は、もともと乏しい表流水はいうまでもなく、地下水も水量・水質の両面から厳しさを増している現状では、海水の淡水化が大きな柱となっています。


■海水淡水化の動向

 中東諸国における海水淡水化施設の能力は、2010年の3,150万㌧/日が2016年には5,060万㌧/日に達し、実に1.6倍に増える見通しです。なかでもサウジアラビアとUAEの伸びとシェアが大きく、この2国で中東諸国全体の6割前後を占めています。ちなみにわが国全国の水道給水量は約4,150万㌧/日(上水道事業、2008年度)ですので、その大きさがわかるというものです。(図-2)

図-2 中東諸国における海水淡水化施設能力の見通し
(資料:DesalData.com所載データ)

 なお、中東諸国で最大の淡水化施設能力を有するサウジアラビアでは、1950年代後半から多重効用(MED: Multi-Effect Distillation)法や多段フラッシュ蒸発(MSF: Multi-Stage Flash)法などによる海水淡水化施設が導入され、1970年代半ばからは逆浸透膜(RO膜)法も加わっています。2010年現在で通水済みの淡水化施設の累計能力は約1,110万㌧/日ですが、このうち20年以上を経過した施設(1990年以前に通水したもの)の能力は約1/3を占めています(図-3)。
 MED法やMSF法の施設は30年を経過したものから、RO膜法の施設は20年を経過したものから順次稼働停止となっていて、現在稼働が確認できる施設の能力は合計790万㌧/日です。このようにサウジアラビアでは、新設だけでなく既存施設の更新需要も加わっている点が特徴といえるでしょう。

図-3 サウジアラビアにおける通水年別の淡水化施設能力
(資料:DesalData.com所載データ)


■淡水化へのわが国企業の展開状況

 逆浸透膜については、わが国の日東電工、東洋紡、東レといったメーカーが米国の大手、ダウケミカルなどと激しいシェア争いを繰り広げていることは良く知られているところです。

 中東諸国の淡水化施設は、その多くがランプサム・ターンキー契約(LSTK:固定価格での一括請負契約)のEPC(設計・調達・建設)により設置されています。さぞかし多くのプロジェクトにわが国企業がEPCコントラクターとして名前を連ねていると思いきや、意外にもそうではありません。

 現在稼働中のRO膜法淡水化施設についてEPCコントラクターを概観してみると、たとえばサウジアラビアでは全930件のうち仏ヴェオリアが351件、米AESコーポレーションが170件といった具合で、ヴェオリアのプレゼンスが突出しています。なお、ヴェオリアの受注案件の多くは、地元の買収会社、ヴェオリア・メティト・アラビアインダストリーズ社が受注しているものです。一方、わが国企業では、三菱重工が4件を受注しているのが目立つ程度です(RO膜の調達先は東洋紡)。ただし、処理能力ベースでみるとサウジ全国の計約340万㌧/日のうち、ヴェオリアの45万㌧/日、AESコーポレーションの21万㌧/日に対し、三菱重工は62万㌧/日と大きなシェアを有していて、大規模案件を押さえていることが特徴です(4件中2件は次項でみるIWPP案件)。

 また、UAEにおける稼働中のRO膜法淡水化施設についてEPCコントラクターをみると、全165件のうち地元メティト(サウジアラビアのヴェオリア・メティト・アラビアインダストリーズ社とは別会社)が最も多く49件、米GEが22件、ヴェオリア5件、伊フィジア4件などとなっていて、わが国の企業は顔を出していません。処理能力ベースでみると、UAE全国の計約110万㌧/日のうち、ヴェオリアは14万㌧/日、GEは12万㌧/日、メティト9万㌧/日といった具合で、またGEはGEウォーター&プロセス・テクノロジーという子会社を通じて受注しています。
 このようにUAEでは、わが国の膜メーカーはもっぱら
外国のEPCコントラクターに対する膜製品の供給者として参画しているようです。EPCコントラクターとして名前が出ないのは寂しい気もしますが、政治・経済面でのリスクが大きい中東諸国におけるビジネスの進め方として、一つの見識といえるかもしれません。


■IWPPとわが国企業の参画

 IWPPとは、Independent Water and Power Project(発電・淡水化独立採算事業)の略で、火力発電所と淡水化プラントをセットにして、その設計・建設・維持管理運営をBOTまたはBOO方式で民間に委ねるものです。火力発電所からの排熱や電力を利用できるため、原油価格が安いサウジアラビア、UAE、カタール、オマーン、バーレーンなどの湾岸産油国で広く行われています。

 これら湾岸諸国のIWPP事業の事業会社に出資をしているわが国企業は、丸紅、三井物産、伊藤忠商事などの大手商社が知られていますが、そのほかにも日立造船、三菱重工、東レ、東洋紡といったメーカー筋もEPCコントラクターや膜・ポンプなどの製品の供給者として参画しています。淡水化と発電の複合プラントの設計・建設・運営であるだけに、コンソーシアムの構成企業の数とその母体国も多岐にわたり、国際色が非常に豊かになっています。(表-1)

表-1 わが国企業が参画するIWPP事業の例

国  都市(プロジェクトNo.)  淡水化の方法と能力  わが国企業  外国企業 
サウジアラビア ラービグ RO膜法
218,000㌧/日
伊藤忠、丸紅、日揮、三菱重工、東洋紡  米ハイドラノーティクス、サウジACWAパワーほか 
UAE ウム・アル・ナール(IWPP) MSF法
430,000㌧/日
三井物産、東京電力、東芝、日立造船 米GE、仏インターナショナルパワー、英HSBC銀行
UAE フジャイラ(2RO) RO膜法
136,500㌧/日
丸紅、東レ、JBIC、三井住友銀行 仏ヴェオリア、仏アルストム、英インターナショナルパワー、独フィルクナー、米ウォーターコンサルタンツ・インターナショナルほか
オマーン バルカ(1) MSF法
91,000㌧/日
日立造船、日本製鋼所 米AESコーポレーション、米マルチテック、サウジACWAパワー、米パーソンズ・ブリンカホフ


■淡水化と下水処理水の再利用に取り組むイスラエル

 すこし淡水化に話が偏ったので、もう一つの重要な水資源である下水処理水の再利用についても触れておきましょう。下水処理水を農業用水として早くから再利用していることで有名なイスラエルをとりあげます。

■二つの柱としての淡水化と処理水再利用

 イスラエルは、もともとの水資源賦存量が少ないことに加えて、長年にわたる帯水層からの過剰汲みあげと断続的な干魃被害により、水資源政策として海水淡水化と下水処理水の再利用を柱に据えています。

 イスラエルの現在人口は約780万人、上下水道の普及率は100%となっています。図-2に示した淡水化施設能力のシェアではサウジアラビアやUAEの大きさの陰に隠れてしまいますが、伸び率からすると2010年から2016年の間に4倍強と重点的な整備が見込まれているところです。

 さて、本題の下水処理水の再利用ですが、イスラエル国内の下水処理水の再利用率は約8割(2007年では76%)と既にかなり高いレベルにあり、2012年までにこれをさらに9割まで引き上げる方針が出されています。再利用の用途は基本的に農業用水で、1989年に出された保健省の方針では、下水処理水は全量農業用水として再利用することとされています。
 なお、衛生的観点のほか土壌や作物への影響を考慮した再利用水の水質について指針が整備されており、2010年4月にはその改訂版が公表されたところです(表-2)。

表-2 生食作物灌漑用の下水処理水水質基準(抜粋)

水質項目 生食作物
灌漑用の基準値
(参考)河川への
放流水基準値
   電気伝導度  1.4ds/m  -
   BOD  10mg/L  10mg/L
   TSS  10mg/L  10mg/L
   COD  100mg/L  70mg/L
   アンモニア  10mg/L  1.5mg/L
   全窒素  25mg/L  10mg/L
   全リン  5mg/L  1mg/L
   塩化物  250mg/L  400mg/L
   フッ素  2mg/L  -
   糞便性大腸菌数  10個/100mL  200個/100mL
   残留塩素  1mg/L  0.05mg/L
   陰イオン界面活性剤  2mg/L  0.5mg/L
   ナトリウム  150mg/L  200mg/L
   ホウ素  0.4mg/L  -
   鉄  2mg/L  -
   マンガン  0.2mg/L  -
   マグネシウム  0.2mg/L  -
   銅  0.2mg/L  0.02mg/L
   水銀  0.002mg/L  0.0005mg/L
   鉛  0.1mg/L  0.008mg/L
   カドミウム  0.01mg/L  0.005mg/L
   亜鉛  2mg/L  0.2mg/L

(注)月間平均値の最大値に適用。イスラエル環境省ホームページによる。

■民間資金の導入と民営化の動き

 こうした淡水化と下水処理水の再利用の拡大には、当然のことながら多額の経費がかかるため、民間資金の導入が進められています。

 イスラエルで最大の水道事業会社は、国有企業のメコロット(Mekorot)社で、用水供給事業者として全国の水道水の約80%を約5,000の末端給水事業者に供給しています。水道(末端給水)事業と下水道事業はともに自治体の仕事ですが、2001年に制定された上下水道公社法(Water and Sewerage Corporations Law)に基づき、単体または複数の自治体が集まって上下水道局を公社化する動きが徐々に進んでいます。
 この公社化に際しては、民間からの出資を受けて民営化を図ることも可能とされてはいますが、料金の値上げによるユーザーの負担を増やしかねないという理由でブレーキをかける動きが、許認可・監督権限を持つ内務省から出ているようです。こういう公営の上下水道事業の広域化や民営化がなかなか一足飛びには進まないというあたりは、わが国の上下水道事業と似たような事情にあるといえるでしょう。

 そうしたなかで、2000年から大規模な海水淡水化施設の建設・運営にBOT方式の導入が図られており、たとえば処理能力33万㌧/日(2010年竣工の拡張後には37万㌧/日)のアシュケロン淡水化施設は、地元IDEテクノロジー社や仏ヴェオリア社からなるコンソーシアムが受注しています。一方、下水処理水の再利用の方は、採算性の観点からBOTにはなじまないと考えられるので、DB(設計・建設)、DBO(設計・建設・管理)あるいはEPC方式が採用されていくものと思われます。

 イスラエルあるいは湾岸諸国に限らず、中東諸国の全体的な傾向として、人口の増加に伴う水需要の増大、水資源の不足と地理的偏在があげられます。これを何とかするため、国外資本を含む官民連携は既にごく一般的な手法になっていますが、参画する側としてはやはりカントリーリスクが気になるところです。商慣行の違いもあり、現地政府からの支払いが滞るというリスクも顕在化しています。EPCコントラクターの下で部品供給に徹するというのは実に賢明な選択肢なのかもしれません。


●トピックスの関連ページ
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