トピックス  No.18 08/07/07 

英国のLIFTに見る上下水道事業の広域的運営の方向性
(その1)

 上下水道事業における民活導入の拡大にあたっては、現在の市町村を単位とする事業ではどうしても規模が小さいために採算面や要員確保の面で限界があり、何らかの形で広域化を図ることが望まれるところです。英国のLIFTは、一次診療機関を対象としたPFI事業で、一度落札したグループが同じ地区内の他の事業についても一括して受注できるスキームです。官民の共同出資による第三セクターが事業者となることが特徴で、その教育施設版としてBSFというスキームもあります。
 わが国で上下水道事業の広域化を図っていく際に、このLIFTのスキームが参考とならないか。その可能性を探る第1回として、今回は英国のLIFTスキームの概要をレビューしました。

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■LIFT(Local Improvement Finance Trust)とは


 LIFT(Local Improvement Finance Trust)は、英国における一次診療を担う地域診療所の施設整備やサービス提供に関して、民間を巻き込み、施設の統合化による利便性の向上や、施設の改修・改築、統合新築、類似機能の併設化を実現するための政策で、2000年に英国の医療制度(NHS:National Health Service)のスキームの一つとして発表されました。
 2004年に政府から発表された「NHS改善プラン」では、2008年までに少なくとも54(42は実施済み、12は準備中)のLIFTプロジェクトで、国民の約半数をカバーする新しい一次診療施設を整備するとしています。

 PFI事業の多くは、単一事業・単一施設で進められますが、小規模な事業・施設ではVFMを発揮できず、PFI事業として成り立たない場合が多々あります。LIFTは、小規模な事業・施設を広域的にまとめ排他的権限を与えることによって民間を巻き込み、民間事業者とPfH(Partnerships for Health)及び地方政府を含む地域の利害関係者等がJVを構成して、地域診療施設の整備に関する投資やサービス提供を実行するものです。
 LIFTスキームは、医療部門だけではなく、教育部門が進めているBSF(Building Schools for the Future)でも取り入れられ、公共住宅整備でも検討されているなど、広がりを見せています。

【備考】BSF(Building Schools for the Future)とは
 BSFは、英国のすべての中学校に、情報通信技術(ICT:Information and Communications Technology)など21世紀標準の設備が整った校舎を完備するというプログラムです。施設整備を推進するに当たって、地方の小規模な中学校でも整備が促進できるようLIFT計画の手法を取り入れています。


■LIFT計画の背景


 1990年代に英国で始まったPPP(Public Private Partnership:官民連携又は公民連携)の流れは、国や地方自治体が積極的に民間企業を巻き込むことで進展しています。英国では、大蔵省タスクフォース(Treasury Task Force)がPFI推進のための政策とプロジェクト実施を手がけ、標準化やノウハウの集約を行うなど、初期におけるPFI推進の主要な役割を担っていました。
 国の所管事業でPFI事業が進展し、同手法が地方にも拡大するようになってきたこともあり、大蔵省タスクフォースは、政策部門を政府内の政府調達庁(OGC:Office of Government Commerce) に引き継ぎ、プロジェクト推進部門を官民のJV(Joint venture:合弁会社)であるPUK(Partnerships UK)に引き継いで解散しました。

 PFI事業が中央政府のプロジェクトから地方政府のプロジェクトへとシフトしつつある中、PFIの推進は各省庁が責任を持ち、PUKや4Ps (Public Private Partnership Programme in Local Authorities)などが、それぞれに役割を担って、地方でのPFI事業を進めています。
 しかし、地方ではPFI事業を進めたくても、規模や能力等の面で実施が困難な場合も多く、新たなスキームが必要となっていました。LIFTは、地方、特に小規模で分散している公的医療サービスと施設機能の向上を目的に、地方での官民連携を促進するスキームとして開発されたものです。


■LIFTに関わる各種組織


 公共部門のサービス提供に関わる組織・主体は、従来の行政(役所)によるものから、民間企業や地域・住民が積極的に関わる枠組みへと変化してきています。

 上記のとおり英国では、初期段階におけるPFI事業の推進に大蔵省タスクフォースが主要な役割を担っていましたが、現在その機能と役割は民間会社の形態をとるPUKが引き継ぎ、各省庁と協力してPFI事業を推進しています。
 LIFT計画では、PUKと英国保健省が共同で出資するPfH(BSFではPUKと教育技能省が出資するPfS)が、計画を実施に移す役割を担っています。

 また、LIFT計画を実施する事業主体として、地域LIFT会社(LIFTco:LIFT company)が設立されます。LIFT会社は、民間事業者(選定事業者)の他に、PfH、地方自治体、地域の一次診療を担当する医療機関(PCT:Primary Care Trusts)や医師等が出資して設立することになっています。
 LIFT計画では、PFIで民間事業者が出資して設立する特別目的会社(SPC:Special Purpose Company)とは異なり、LIFT会社に地方自治体が直接加わる枠組みが存在しています。ただし、公的部門の関与と機能はあっても、事業を進めるための組織の活動形式は民間企業と同じです。

 

 アルファベット3文字の用語が多く出てくるので、LIFTのプレイヤーに関するものについて主要なものをまとめておきましょう。

◆PUK(Partnerships UK)
 PFI方式を軌道に乗せるために組織された、大蔵省タスクフォースのプロジェクト部門を引き継いだ英国大蔵省と民間のJV。当初は大蔵省が100%出資しているが、将来的には国49%、民間51%とする予定。
 設立の目的は地方政府が案件を手がける際のファイナンス・クローズ(Finance Close:事業権契約・融資契約を締結し、第一回融資が実現しプロジェクトが胎動すること)までの開発費用(Development Cost)を調達することを手伝うことにある。一種のヴェンチャー・キャピタル。

◆PfH (Partnerships for Health)
 LIFTの事業主体である地域LIFT会社に対し、各種支援を行うことを目的として設立された、英国保健省とPUKが50%ずつ出資するJV。
 民間事業者の選定を支援し、各種資料を標準化して提供する。LIFT計画に投資して、地域LIFT会社の株を20%持つ。

◆PCT(Primary Care Trusts)
 一次診療機関。NHSの地方組織として、管轄地域の住民のために地域医療(一次診療)を供給し、病院サービス(二次診療・専門医療)を委託するなど、医療全般の計画に責任を持つ。
 地方自治体である市や郡(City, District)と重なるように再構成され、福祉サービスに関する権限を持つ地方自治体と連携して、医療と福祉サービスの充実を図っている。
 英国では、医療サービスは国が担うものであるが、責任と権限を現場に一番近いPCTに持たせることで、一次診療サービスの充実を図っている。このため、PCTには自律的組織として予算のコントロールと政策決定権が与えられている。

◆(地域)LIFT会社(LIFTco:Local LIFT company)
 LIFT計画を実施する事業主体。民間事業者(選定事業者)が60%、PfHが20%、地方自治体や地域の一次診療機関や医師等が20%を出資して設立するJV。
 地方自治体の出資は任意であり、LIFT計画の立ち上げには参画しても事業実施主体であるLIFT会社には加わらない、あるいは、出資も行いLIFT会社の一員として各種契約に関わるなど、多様な参画方法を取ることが可能。
 単一の施設・事業(プロジェクト)だけではなく、対象地域の複数施設、複数プロジェクトを広域的にまとめて実施する。また、将来的な施設の増加やプロジェクトの増加に対して、事業主体として実施する権利を有している。
 土地・資産などの管理・計画を含め施設の一切を所有し、一次診療の担い手にリースする。

◆4ps(Public Private Partnerships Programme)
 地方政府協会(Local Authority Association)が1996年4月に設立した地方政府のPFI事業の推進を支援する組織。地方政府と中央政府とのパイプ役となり、契約書類等の標準化や中央政府への働きかけ、新しいスキームの開発など、地方政府が行う官民連携を支援する役割を担う。

◆PfS(Partnerships for Schools)
 PfHと同様に、地方での官民連携を促進するため、英国教育・技能省とPUKが2004年に設立したJV。

◆LEP(Local Education Partnership)
 地方自治体(教育委員会)とPfS、及び競争的環境で選定された民間事業者が、共同で設立するJV。地域LIFT会社と同様に、BSFを実施する事業主体であり、ICT設備や校舎の改築、建替え等の計画や実施を行う。


■LIFTの特徴


 LIFT会社は、地域の医療施設整備やサービス提供に関して排他的独占契約を結ぶことができます。これによって、複数施設・複数プロジェクトを広域的にまとめて実施することができ、新たなプロジェクトを立ち上げることで段階的な施設整備やサービス提供が可能になっています。
 LIFT会社の活動は民間企業と同様であるため、収益を上げることは事業実施の大前提です。収益を上げるために付帯的な事業を行うことも認められており、小規模案件へPFI方式を導入することが容易となるよう設計されたスキームとなっています。

●地域の将来的な施設整備はLIFT会社が主体的に進める
 当該地域の施設改築更新などの投資に当たっては、LIFT会社が整備していく権利をもっている。LIFT会社に参画する民間事業者は、当初競争環境の下で選定されるが、選定後LIFT会社が設立された後は、当該地域の施設整備をLIFT会社が主体となって進めることができる。
 LIFT会社は、初期の施設開発のほか、地域社会の医療・福祉ニーズへ対応するための将来のサービス設計の支援や、サービスを提供するサプライチェーンの管理などを行う。個別施設の開発はLIFT会社が100%所有する子会社を設立し、案件ごとに資金調達を行い実現していく。
 なお、土地や施設などを所有するのはLIFT会社であり、リースプラス契約後に公共側に移転する必要は無い。

●複数施設・プロジェクトを段階的に整備できる
 PFIとの大きな違いは、単一施設・単一事業ではなく、複数施設・複数事業を広域的にまとめて行うところであり、また全てを一斉に行うのではなく、段階的に整備を図っていくことができる点である。

●地域との連携による小規模案件へのPFI方式の導入
 当該地域の広域的な連携によって事業が成り立つため、事業の実施主体であるLIFT会社に、地域における医療・福祉の利害関係者(一次診療機関や地方自治体のほか、一般開業医など)が直接LIFT会社に加わってLIFT計画を実施していく。

●収益を上げるために付帯事業を行うことができる
 LIFT会社は、統合的な医療サービスの提供を行うために、施設改築や新設を行うが、収益を確保し財政的な持続性を確保するため、施設には地域医療施設としての機能以外に付帯的な機能を持たせることが可能。ヘルスケアや保育所などの追加的サービスや薬局などの商業スペースを同一施設に配置することをLIFT会社は実施できる。


■LIFTにおける基本的契約関係


 LIFT計画の特徴は、計画を実施するに当たっての基本的な協定や契約の中で定められています。主要な協定・契約として、戦略的パートナー協定、リースプラス契約、株主間協定の3つがあります。

●戦略的パートナー協定(SPA:Strategic Partnering Agreement)
 対象となるLIFT地域における20年間にわたる包括的な地域医療施設提供に関する協定で、地方政府や当該地域の一次診療機関と地域LIFT会社の間で締結する。この協定に基づき、戦略的パートナー会議(SPB:Strategic partnering Board)とLIFT会社を設置する。
 SPBは、地域の保健・福祉サービスを担う地方自治体や一次診療機関、開業医、ボランティアグループなどが参加して設立する委員会で、地域の医療ニーズの反映やLIFT会社が提供するサービスの合意形成を図る機関。

●リースプラス契約(LPA:Lease Plus Agreement)
 LIFT会社がサービス付施設を提供するに当たってテナントと結ぶ契約で、単純な施設賃貸だけではなく、施設の長期的な補修や維持管理・保険などのサービス提供を含んでおり、通常のリース契約とPFI的なプロジェクト契約の折衷となっている。なお、当該施設の日常的な清掃などの関連付帯サービスを含むものではない。

●株主間協定書(SHA:Shareholders Agreement)
 LIFT会社の活動に関して、株主の権利義務を取り決めるものである。LIFT会社は民間が支配権を有するJVで、地方自治体は義務ではないが少数株主として参加できる。所有する株式の譲渡制限や、参画する民間事業者の変更・継承、配当方針など、株主として参画する組織間の権利義務を取り決める。


■LIFTスキームの手順


 LIFT計画は、次のようなステップを踏みます。計画立ち上げ以降の民間事業者の選定から契約までは、一般的なEUの公共調達方法に則っています。この手順は、現在日本で行われているPFI事業者の選定方式やプロポーザル方式と類似するものです。

   

(1)年次戦略的サービス提供計画(SSDP:Strategic Services Development Plan)への合意
 一次診療機関や地方自治体、開業医、ボランティア団体など、地域医療福祉関係者がSPA締結を前提にSPBを設立し、LIFT会社が提供するサービスや施設に対する要求事項をSSDPとして作成する。

(2)民間事業者選定(関心表明受付)
 民間事業者の選定は、公募による競争的環境で行い、EU法に基づく公共調達手続きに則って事業者選定を進める。LIFT会社の選定に応募するかどうかの通知を出し、応募の意思のあった選定事業者リストを作成し、資格審査を行う。

(3)提案書提出の依頼
 選定事業者に、どのようにSSDPを実行するか詳細な提案を依頼する。

(4)提案書の評価
 要求事項をSSDPとして提示した公共部門側と、SSDPに基づいて提案を行った事業者との協議が進められる段階である。民間事業者が想定している資金調達、利益率やリスク分担、要員(スタッフ)の配置・異動・雇用条件など、提案内容に関する評価を行う。

(5)選定事業者との交渉と地域LIFT会社の設立
 公共部門側がパートナーとする民間事業者を選定し、選定事業者と事業内容の詳細な検討・協議を行い、LIFT会社を設立する。

(6)地域医療の中心的な機関しての各種契約の締結
 LIFT会社が設立されると、それは公的に地域の保健・医療に関する施設やサービスを提供する中心的な機関として活動する。
 SSDPに基づき20年にわたる長期的なSPAを締結し、施設の新設・改築などの整備とサービス提供を行うためのLPAを締結する。


■LIFT計画で考えられる問題点


 LIFT計画の特徴から、効果としての側面の他に、当該地域の新たなプロジェクトでは競争原理が働かないことや、LIFT会社の支配権と責任、契約終了後の施設の整備等に関する問題点も考えられます。

-当該地域の新たなプロジェクトでは競争原理が働かない
 当該地域における設備投資に関して、LIFT会社は排他的独占権を有している。これを問題点としてみれば、当初は競争的環境によって民間事業者が選択されるが、その後当該地域で新たなプロジェクトとして施設設備を行うときには、競争原理が働かないことになる。また、当該地域でサービス改善や向上を行うために、新たな施設整備やサービス提供が実行されるかどうかはLIFT会社の意向にかかっていることになる。

-LIFT会社の支配権と責任
 LIFT会社の経営には、民間事業者だけでなくPfHや地域の利害関係者が加わっており、地方自治体も参加できるため、競争原理が働かなくても民間事業者の利益優先的な経営が優先されるわけではない。しかし、LIFT会社は民間の株式会社と同じであり、商業的行為としての利益と、公共としてのサービス提供の間で利害対立が生じる可能性がある。また、買収の可能性や事業としての破綻の可能性が生じた場合、その後のサービス提供のあり方について支配権や責任の問題が生じる可能性がある。

-契約終了後の施設の整備等
 事業に関わる資産の一切を所有するのはLIFT会社であり、契約終了時に公共側へ移転されるわけではない。このため、当初契約終了後の当該地域の施設整備やサービス提供について問題が生じる可能性がある。


 また、LIFT計画はPFI方式の一つであり、PFI方式が持つ問題点は内包しています。PFI方式と共通する課題としては、導入手続きが複雑なこと(事業の進捗遅延)、専門的知識が必要となるにもかかわらず公共側に専門家が少ないこと、VFMの重視がコスト削減にすり替わり結果として施設の欠陥やサービスの低下につながる可能性があること、長期契約による事業の不確実性(VFMの低下、事業破綻)が挙げられます。

-事業の進捗遅延(複雑な導入手続き)
 PFI事業は、公共における従来の調達手段と異なり、その手続きが複雑である。公共事業としての透明性や公平性も重視され、導入ステップの各段階で、様々な交渉や手続きが必要となる。このため、PFIを導入し事業を進めるにあたって従来よりも時間がかかり、事業の進捗が遅延する可能性がある。

-不十分な検討と事業実施の困難性(少ない専門家)
 PFI事業導入に当たって、契約や事業経営に関する専門的知識が必要となる。しかし発注者である公共側に専門家が少ない。このため公共側だけでは十分な検討や円滑な事業実施が行えない。

-サービス低下の可能性(コスト削減重視)
 コスト削減を重視するがあまり、十分な維持管理費や施設建設費を賄うことができず、人件費の抑制による技術力の低下や施設の欠陥など、結果としてサービス提供に悪影響を与えてしまう可能性がある。

-事業の不確実性(長期契約)
 長期契約であるため、事業実施期間中に事業環境が変化し、当初想定されていたよりも費用が上昇したり収益が低下したりするなど、事業の見通しが不確実である。公共事業自体は低リスクな面もあるが、低リターンであるため、金利変動などの影響によって、場合によっては事業破綻の可能性もある。

 → 英国のLIFTに見る上下水道事業の広域的運営の方向性(その2)へつづく

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