トピックス  No.20 08/08/05  最終更新:10/05/24

英国のLIFTに見る上下水道事業の広域的運営の方向性
(その2)

 LIFT計画は、イギリスの医療部門のスキームとして開発されたものですが、地方での官民連携を促進し、小規模で分散した施設の広域的な統合を進め、施設整備の促進とサービス水準の向上を図るための手法として、学校整備など他部門でも取り入れられています。英国の上下水道事業は、広域化・民営化が完了しており、LIFT計画を適用する必要性は既にありません。
 小規模・分散型の施設・事業が多く存在するわが国の上下水道事業の課題を解決するための広域的な運営の方向性について、PFI事業の推進上の課題と合わせて考察してみました。

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■わが国のPFI推進組織と比較して


 小規模で分散している施設の整備とサービス向上をPFI方式で行うというLIFT(Local Improvement Finance Trust)の枠組みを、わが国の上下水道事業の状況に当てはめてみた場合、どの組織がどのような役割を担うことになるでしょうか。

(1)PFI推進を担う機関
 英国では、PFI推進の中心組織として大蔵省タスクフォースが重要な役割を果たしていました(このタスクフォースの解散後、その政策部門は政府調達庁(OGC:Office of Government Commerce)として大蔵省に引き継がれています)。わが国では、PFI事業の促進と総合調整を図り、法制度や各種情報を整理して関係者に提供する機関として、内閣府に設置されているPFI推進委員会(PFI推進室)があります。英国でOGCが担っている政策部門の役割は、このPFI推進委員会が担っていると考えられます。

 英国の地方政府協会が設立した4Ps(Public Private Partnerships Programme)は、中央と地方のパイプ役となって契約書類の標準化などを行っています。これは、PFIに関心のある自治体間の意見交換及び情報の共有の場等として設立された、自治体PFI推進センター(財団法人地域総合整備財団)が担っているといえます。

 一方、大蔵省タスクフォースのプロジェクト部門を引き継いだPUK(Partnerships UK)は、自治体におけるPFI事業のファイナンスクローズまでの資金調達を手伝うことや、プロジェクトの詳細な内容をチェックすることなどを主な役割としています。
 わが国では、内閣府が自治体のPFI事業着手を支援するため、平成13~17年度まで、実施方針やVFMの検討などを行う可能性調査の費用の1/2を補助していましたが、現在この制度はありません。PFIを実施しようとする自治体が自前で各種調査を行うか、シンクタンクやコンサルタントに委託して調査を行っているのが現状です。

 法制度や行政機構などが異なるため、単純な比較は無理があるかもしれませんが、英国と比べてわが国のPFI推進に不足しているのは、PFI事業の初期段階で大きな役割を果たしているPUK(Partnerships UK)に相当する組織といえるでしょう。わが国ではPFIを導入しようと考える自治体が、各種調査費を自前で全て用意しなければなりませんが、英国ではPUKが調査費用を別途調達し、PFI事業実施後の費用と合わせて回収します。事業が実施に至らなかった場合には、自治体やPUKが応分の補償を行いますが、PFI事業が実施に至るような内容であれば、自治体は直接的な費用負担をすることなく、PUKによるチェックによって事業に信頼性も付与され、PFI事業を発案することができる仕組みになっています。わが国のPFI推進委員会は、残念ながらそのような役割までは担っていませんし、自治体とは受委託の関係にあるシンクタンクやコンサルタントも同じです。

 ただし、ファイナンスクローズまでの開発資金の拠出などの役割を担いうる組織として、
日本政策投資銀行が挙げられます。日本政策投資銀行は、周知のとおり、2008年10月に民営化(政府100%出資の株式会社化)されましたが、公民連携や社会インフラ整備、地域活性化に対するファイナンス面からの支援は継続されています。PFI事業を発案しやすくするため、またわが国のPFIに民間資金の導入を本格的に図るためにも、PFI事業のソフト面を支援するビジネスインキュベーターとして、事業の初期段階で関与することが大いに期待されるところです。


(2)LIFTの枠組みで中核となる機関
 PUK(Partnerships UK)と同じような性格を有し、LIFT計画に特化してそれを推進する組織として、PfH(Partnerships for Health)があります。PfHは英国保健省とPUKのJVで、民間事業者の選定支援や各種資料を標準化して提供するとともに、LIFTの事業主体である地域LIFT会社に出資を行っています。2007年11月にCHP(Community Health Partnerships)と名称を変え、100%英国保健省出資となったものの、独立した機関としてLIFT事業推進の中核となっています。
 LIFT計画を主体的に立ち上げるのは、各地域の一次診療の当事者であるPCT(Primary Care Trusts)や自治体ですが、PfH(CHP)は全てのLIFT計画に関わり、LIFT会社に出資し、標準文書の作成や財務・法務アドバイザーの任命などを行っています。PfHは、ノウハウの集中化と標準化を行い、LIFT計画の各ステップを全面的に支援することによって、事業推進の中心的な役割を果たしています。

 わが国では、PUKやPfHのようにPFI事業やLIFT事業を行う際に全面的な支援を行うような国策会社は存在しませんが、財務・法務の面から考えると、投資金融機関としての役割のほかシンクタンク機能も保持している、日本政策投資銀行がPfHもしくはPUKの役割を担いうる位置にあると考えられます。また、2008年10月に公営企業金融公庫の業務を引き継いだ地方公営企業等金融機構(2009年6月から地方公共団体金融機構に改称)も候補になるかもしれません。
 このほか、2009年10月に創設された
企業再生支援機構(地域力再生機構として設立が議論されてきたもの)、あるいは2009年7月から営業を開始している産業革新機構もその役割を担うことが可能かもしれません。
 また、下水道事業では、自治体から施設の設計・建設・施工監理や維持管理を受託し、技術援助などを行っている
日本下水道事業団があります。2003年に、国と自治体の折半出資から自治体の共同出資による地方共同法人に改組され、国の関与は薄まりましたが、下水道事業に関する各種ノウハウの集中化・標準化を行う機関となっています。自治体が日本下水道事業団を通じて民間企業に再委託することにより、民間企業の優れた成果やノウハウが日本下水道事業団に蓄積されていますが、これはPUKやPfHがノウハウの集中化と標準化を行う仕組みと同じです。LIFT事業のような新しい事業の枠組みを実施する場合には、下水道事業に関するノウハウを集積した機関として、特に技術面からのサポートが期待されるところです。



■広域化政策として見たLIFT計画


 英国の医療サービスは、国にその実施責任があり、全体の制度はNHS(National Health Service)が統括し、地域ごとにあるNHSトラストやPCT(Primary Care Trusts)などの組織が国民に医療サービスを提供しています。NHS改革を進めるなかでNHSトラストやPCTを再編統合し、組織的な基盤整備を行いながら末端の組織に権限の移譲を進めています。
 LIFT計画は、小規模で分散した施設を統合化して整備するため、広域的運営を促進するという側面を持っています。ただし、政策目的はあくまで施設整備の促進とサービス水準の向上であり、目的達成の手段として広域化やPFI手法を用いています。LIFT計画では、政策目的を達成するために、計画を実施・促進する機関(PfH:Partnerships for Health)を国策会社として設置し、強力なリーダーシップを発揮させ、そのスキームの中で広域的運営を進めるインセンティブを与えています。

 わが国の上下水道事業は、国や都道府県に経営の許認可権があり、全体の制度は水道法や下水道法で規定されています。法律上は市町村が都道府県に要請することで広域化を進めることができるようになっていますが、上下水道サービスの提供は市町村が行うことを前提にしています。上下水道のように地域住民に対する直接的なサービスは、住民に一番近い市町村に権限を与えることで、きめ細かなサービスを提供することが可能になるためです。
 わが国の上下水道事業体の平均規模から見て、広域的運営が事業の効率性・経済性を高めることは多くの場合間違いなく、また現状の自治体が抱える各種の課題を解決するためにも有効といえます。国も広域化を支援するための様々な政策を講じていますが、市町村の壁を越えた広域化は、なかなか進んでいないのが現状です。これは、広域的運営を進めるインセンティブが乏しいことが大きな原因と考えられます。
 平成17年度の市町村大合併に際し、都道府県によって合併の進捗に大きな差が出ました。これは、各地域の地理的あるいは社会的な特性を反映したものではありますが、都道府県や市町村の地方自治に対する姿勢にもその一端があり、とりわけ都道府県が危機感を持ってリーダーシップを発揮したかどうかが大きな違いとなって現れたように見受けられます。また、地方交付税の交付額を自治体の規模に連動させることや、元利償還が交付税で補填される合併特例債を発行できるという政策は、功罪両面ありますが、合併を進めるというインセンティブとしては働いていたと考えられます。
 上下水道事業の広域化には、国の様々な制度が用意されています。しかし、そうした国の補助金や起債・交付税措置だけでは広域的運営を進めるインセンティブになりにくいとすれば、都道府県や市町村に代わって推進のイニシャティブをとる別の機関が必要です。その受け皿として、日本政策投資銀行、地方公共団体金融機構、企業再生支援機構、産業革新機構、日本下水道事業団(下水道の場合)等が考えられることは上で述べたとおりです。



■LIFT計画に学ぶべきところ


 LIFT計画は、英国の医療部門のスキームの一つであり、部門も法制度も異なる日本の上下水道にそのまま当てはめることはできません。しかし、自治体の財政悪化と人員削減が深刻化している現状に照らせば、民間の活力を取り入れつつ、小規模で分散した施設の広域的な統合を進め、施設整備の促進とサービス水準の向上を図るという主旨はぜひ取り入れたいところです。
 わが国の上下水道事業で、官民連携を促進し、広域化を進め、施設とサービス水準の維持と向上を図るためには、何が必要か? LIFT計画に学ぶべきところとして、次の3点が挙げられます。

 ●市場メカニズムを生かしながら国策会社が触媒として機能する
 ●地域の利害関係者を巻き込む
 ●官民連携を進めるインセンティブを働かせる

 
(1)市場メカニズムを生かしながら国策会社が触媒として機能する
 LIFTでは、官民のJVである国策会社が重要な役割を担っています。上で見たように、わが国でも自治体におけるPFI事業の推進支援を目的として、PFI推進委員会や自治体PFI推進センターが設置されていますが、積極的なプロジェクト推進機関としての機能はありません。また、民間を巻き込んだ官民連携の組織はなく、基本的には自治体主導でPFI事業が進められています。

 個々の自治体ではなかなか企画立案が難しい広域的なプロジェクトを立ち上げ、事業を推進していくためには、個々の自治体や利害関係者をコーディネートし、積極的にプロジェクトを支援する機関が必要と考えられます。この場合、住民の意思を踏まえつつも全体として非効率な投資を排除するため、民間企業の視点でプロジェクトの採算性を審査し、採算性が確認される場合に融資又は出資をする機関が必要不可欠です。また、実際の事業の運営にあたっては、管理運営業務の状況をモニタリングする第三者機関も必要となります。政策金融機関である日本政策投資銀行、地方共同法人である日本下水道事業団は、そのような組織として最も近いところにあるといえるでしょう。


(2)地域の利害関係者を巻き込む
 LIFTでは、地域の医療関係者である地方自治体、PCT、開業医、ボランティアグループなどが、LIFT会社の取締役会に相当する戦略的パートナー会議(SPB:Strategic partnering Board)を構成し、地域の医療ニーズの反映やLIFT会社が提供するサービスの合意形成を図っていきます。
 地域の利害関係者を巻き込んだSPBが中心となって、LIFT会社が提供するサービスや施設に対する要求事項を盛り込んだ「戦略的サービス提供計画」(SSDP:Strategic Services Development Plan)や、地域の医療施設整備とサービス提供に関する「戦略的パートナー協定」(SPA:Strategic Partnering Agreement)がまとめられます。

 上下水道事業は、実に多種多様な関係者によって支えられています。事業主体である自治体、その監督者である国や都道府県、使用者・受益者である地域住民をはじめ、地元の給排水設備工事店、金融機関、検針員、保守点検会社、維持管理会社、清掃業者、産業廃棄物運搬・処理業者、土木建築施工会社、機械電気設備メーカー、設計コンサルタント、水環境ボランティアグループなど、多くの関係者が事業運営の様々な場面で役割を果たしています。
 近年はパブリックコメントとして、行政が行う各種施策やマスタープランなどの計画に対する意見を、地域住民や関係者に求める試みが行われています。しかし、財政難と人員削減の中で、上下水道事業を持続的に運営し、施設の整備・更新とサービス水準の維持向上を図っていくためには、こうした意見の聴取や業務の受委託だけでは、もはや十分とはいえないでしょう。それぞれの果たしている役割、これからも担ってもらいたい役割に応じて、ある者には出資や出捐を、またある者とはLIFT計画のような戦略的パートナー協定(SPA) を締結するなど、民間的な発想に基づく多様な参画と協力を要請することが必要になると考えられます。

 2005年10月に武生市と合併し越前市となった福井県今立町では、地域での浄化槽設置を促進し、効率的に維持管理を実施するために、今立町合併処理浄化槽維持管理協会(現在は越前市浄化槽維持管理協会)を設立しています。これは、行政、町議会、地域住民代表、浄化槽メーカー、施工業者、保守点検業者、清掃業者などの利害関係者の出捐により設立したもので、住民は、この協会に浄化槽の設置から保守点検・法定検査・清掃までを一括して契約することで手間が省け、また割安で契約できるというメリットがあります。こうした組合の設立は、越前市だけでなく他の市町村にもあり、行政を含めて地域の利害関係者を結集した一例として参考になりうるものです。


(3)官民連携を進めるインセンティブを働かせる
 LIFT計画で取り入れられている、地域独占権、複数事業の段階的推進、利益の確保(関連事業の実施)などの方策は、民間事業者にとって、ハイリスク・ローリターンの小規模な公共事業に参入するインセンティブを与えています。

 一般的に公共事業はローリスク・ローリターンですが、小規模になるほど投資効率が悪く利益を上げることが困難になります。施設を新規に整備し、あるいは老朽化施設を改築・更新し、サービス水準を維持・向上していかなければならない上下水道事業において、民間の技術力(ノウハウ)や資金が必要なのは、中小の市町村です。PFI方式により、小規模な施設を広域的にまとめて整備し、あるいは統廃合を含めて更新していく方法は、唯一ではありませんが、有効な方策の一つと考えられます。
 小規模な事業に民間企業の参画を得るには、通常以上に何らかのインセンティブを取り入れることが必要になります。一定地域の施設整備とサービス提供に関して独占権を与え、段階的に整備を進めていくことや、利益確保のために積極的に付帯事業の展開を認めるLIFTのスキームは、大いに参考になるといえるでしょう。



■いま何をすべきか


 市町村の事務として位置づけられている上下水道事業の広域化に対して、監督権と許認可権を有する国や都道府県が指導することはあっても、実際に取り組みは事業体に委ねられています。しかし、事業体が自らの行政範囲を超えて相互の利害を調整し、広域化を推し進めていくことが極めて難しいことは容易に想像できるところです。かといって、英国のPUKやPfHのように、広域的なプロジェクトを企画・調整し、これに出資するような組織は、少なくとも明確には位置づけられていないのが現状です。

 自治体の財政逼迫と人員削減の動きには切実なものがあり、上下水道事業の持続的な運営が危ぶまれるところも少なくありません。広域化と適切な官民連携がその対策の切り札となることは間違いないことですので、上下水道事業に係わる利害関係者が、それぞれに声を上げて広域化と官民連携を推進する気運を高めていくことが必要でしょう。

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