トピックス  No.40 12/02/13

WTO政府調達協定、TPPと水ビジネス(上下水道事業)

 「水と水技術」No.14(2012年1月、オーム社刊)への掲載記事を一部改変

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日本上下水道設計(株)


■WTO政府調達協定

 1996年1月1日に発効した「政府調達に関する協定」(WTO政府調達協定、以下、WTO協定)は、1980年代後半から問題化していた日米間の貿易不均衡(日本の輸出が米国の輸出より多いこと)を一つの発端とするものです。この不均衡の原因は、日本の各種規制や参入障壁、不公正措置にあり、と主張する米国の強硬な交渉姿勢のもとで、二国間交渉によってわが国に法制度の変更を迫るとともに、その成果を多国間の枠組みとして定着させるという米国の世界戦略の側面をもっていたといってよいでしょう。

 さて、このWTO協定は、わが国の場合、国の省庁や政府関係機関(公団、事業団、財団等)のほか、自治体では都道府県と政令指定都市が適用対象となっています。また、その調達の対象を上下水道事業関連について見ると、「建設サービス」、「建築のためのサービス、エンジニアリング・サービスその他の技術的サービス」(以下、設計サービス)、また「汚水及び廃棄物の処理、衛生その他の環境保護のサービス」(以下、下水・廃棄物の処理・処分サービス)のうち、それぞれ基準額以上のものとなります。

 自治体に適用される基準額は、表-1のとおりです。表中の「SDR」とはIMF(国際通貨基金)の特別引出権(Special Drawing Rights)の略で、「IMF加盟国がこれと引き換えに他の加盟国から通貨を引き出すことができる権利」と定義されています。資金を各国に融通する機関としての定義なのでいささかわかりにくいのですが、これはいわゆる「バスケット制」通貨のことです。バスケット制の通貨とは、要はその通貨が特定の国の通貨の大きなレート変動に影響を受けにくいようにする工夫です。そして、IMFが作った人工通貨であるSDRは、世界の4大通貨を用いて以下の式で計算されます。

  1SDR=0.423ユーロ+12.1円+0.111ポンド+0.66ドル(2011年1月からの適用分)

 現在の為替相場から1ユーロ=104円、1ポンド=121円、1ドル=78円とおけば、1SDRは121円となります。当然のことながら、この値は時々の相場により常に変動しますが、複数の通貨にリンクされているために、変動幅はその分緩和されうるというわけです。なお、表-1の邦貨換算額は1SDR=150円で計算されていますが、これは平成22年4月1日から2年間適用する値として固定されているものです。

表-1 都道府県と政令市のWTO協定適用基準額

 区分  適用基準額   備考  
 原規定 邦貨換算
産品  20万SDR  3,000万円 管、弁類、ポンプ、浄水用・下水処理用機器を含む。
建設サービス  1,500万SDR  23.0億円 建設工事
設計サービス  150万SDR  2.3億円 建設サービスに関連するもの。ただし、独立して発注される実施設計等は適用対象外。
その他のサービス  20万SDR  3,000万円 下水・廃棄物の処理・処分サービス

 WTO協定が適用されるということは、一口にいえばその調達案件が国際入札になりうるということを意味します。具体的には、入札日の前日から40日以上前に業務の名称と数量、入札日、担当部局名を英語、仏語又はスペイン語で記載して公告・公示しなければならないほか、随意契約の条件が非常に厳しくなります。たとえば、下水処理や下水汚泥の処理・処分を主目的とする業務について、公募型プロポーザル方式による随意契約を採用することなどは、事実上不可能になるといってもよいほどです。注)

 注)たとえば、消化ガスにより発電機を回して外部に売電することが調達の主目的といえるような場合は、「発電業務」がWTO協定の対象外となるため、公募型プロポーザル方式による随意契約で業者を選定している場合もあります。

 また、入札参加要件は、国外の親会社と日本法人との「法的関係に妥当な考慮を払いつつ」、国内・国外双方の事業活動に配慮して設定しなければなりません。たとえば、下水道施設維持管理の包括的民間委託業務を発注する場合、実績面での入札参加要件として「国内の」あるいは「下水道法(昭和33年法律第79号)に基づく」下水処理場での運転実績を求める場合がありますが、こうした条件のつけ方は原則としてできなくなります。

 なお、水道関連のサービスはもともと適用対象外となっており、これは日本だけでなく、他の締結国(12ヶ国+EU27ヶ国)も同じです。米国などは、より包括的に「公益事業体が行うサービス」(Public Utilities Services)を対象外としているほどです。WTO協定が発効した1996年といえば、世界銀行グループやIMFの融資を受けて途上国の上下水道民営化が推進され、一握りの水メジャーの世界進出が目立っていた最中です。この時期に、進出する側の水メジャーの母国が自国の水道がらみの調達には軒並み国際入札を義務づけていないというのは、発展途上国への進出はよいが、自分の国はこれまでどおり保護するという、ダブルスタンダードといわれても仕方がないでしょう。


■TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)

 先般、国内向けには「交渉参加にむけて関係国との協議に入る」との表明があったTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は、周知のとおり、もともとはシンガポール、ブルネイ、ニュージーランド及びチリの4ヶ国が2006年5月に締結した「包括的貿易協定」(P4協定)でしたが、その後2010年3月にはアメリカ、オーストラリア、ペルー及びベトナムが、2010年10月にはマレーシアがそれぞれ参加し、現在は合計9ヶ国で交渉が行われています。

 当初のP4協定では、政府調達における適用対象サービスが大幅に拡大されていたり、基準額が大きく引き下げられています。このうち適用基準額の引き下げ状況は、表-2をご覧ください。なお、P4協定は原則として国の省庁や政府関係機関が対象となっていて、自治体は対象外となっています。(ただし、チリのみ州と県を含んでいますが、これは州の知事(監督官)と県の知事が大統領の任命制になっているためでしょう。住民の投票により首長が選ばれる市町村は協定の対象外です。)

表-2 P4協定における基準額の引き下げ状況(国の省庁と政府関係機関への適用分)

区分  P4協定  WTO協定 
 産品 5万SDR
(750万円) 
 13万SDR
(1900万円)
 建設サービス  500万SDR
(7.5億円)
 450万SDR
(6.9億円)
 設計サービス  5万SDR
(750万円)
 45万SDR
(6900万円)
 その他のサービス 5万SDR
(750万円)
 13万SDR
(1900万円)

 ただこうした先行事例がある以上、TPPの交渉次第では、適用組織が自治体に広げられたり、サービスの範囲や基準額がWTO協定を凌駕する内容となるおそれはあります。実際にわが国の外務省も、2011年11月付けのペーパーで「調達基準額の引き下げを求められる場合は慎重な検討が必要」、「物品、サービスの範囲が広がる場合には、慎重に対応を検討する必要がある」、「地方政府機関の調達対象が更に拡大する場合には、特に小規模な地方公共団体においては、海外事業者との契約締結の可能性が著しく低いという現状に比して多大な事務負担を強いることにつながるおそれがある」(『TPP協定において慎重な検討を要する可能性がある主な点』政府調達の項)と指摘しています。


■ケーススタディ~韓国の例

 それでは、TPPをめぐるこのような懸念が、国内の上下水道事業がらみで現実化する可能性はあるのでしょうか。多国間協定であるTPPには参加していないものの、いち早くEUや米国との間で二者間のFTA(自由貿易協定)を結んだため、「日本の先行モデル」と呼ばれることもある韓国をケーススタディとして見てみましょう。

■韓国の上下水道事業

 韓国の水道事業は、水資源開発から広域的な用水供給までを手がける国有企業、Kウォーター社(Korea Water Resources Corporation)とユーザーへの末端給水を行う自治体とで運営されています。このうちKウォーター社は、2001年にヴェオリア社と技術提携協定を締結しており、中国、モンゴル、ベトナム、カンボジア、インドネシア、インド、また南米のペルーなど国外市場への進出も展開中です。

 また、下水道事業について、自治体から下水道施設の維持管理を受託するための国有企業として1997年に設立されたEFMC社(Environment Facilities Management Corporation)は、2001年の民営化後、2007年には韓国の化学繊維企業であるコロン社の100%子会社になり、2009年には英国の投資銀行、スタンダードチャータード銀行グループの一部資本参加を得て、中国やインドといった国外の水ビジネス市場への進出を計画しています。

 こうした国内企業の育成による国外進出を図る一方で、下水道整備には既に2000年からPFIが導入されており、こちらはフランス勢(スエズ社とヴェオリア社)が優勢です。スエズ社は釜山(プサン)広域市、楊州(ヤンジュ)市、ヴェオリア社は仁川(インチョン)広域市などでBOTプロジェクトを受注しており、スエズ社はハンファ、ヴェオリア社はサムスン、ヒュンダイの各財閥系グループ企業と提携しています。

 こうした背景があるだけに、韓国としては、水ビジネス市場の開放を外国に要求するとともに、自国市場を外国資本に開放する必要性をも抱えていると考えられます。

■WTO協定の締結内容

 WTO協定締結時点における韓国の水ビジネス関連の対象サービスは、わが国と比べるとかなり限定的で、まず設計サービスは対象外です。また下水・廃棄物の処理・処分サービスについても、産業排水と産業廃棄物のみに限られていて、一般の下水収集・処理や下水汚泥の運搬・処分のサービスは対象外となっています。

■FTAの締結内容

 このように1996年時点では自国産業保護の色合いが強かった韓国ですが、その後に締結されたFTAの内容はどうでしょうか。

 現在のところ韓国は、チリ、ペルー、EU、EFTA(欧州自由貿易連合。EU非加盟のアイスランド、スイス、ノルウェー、リヒテンシュタインの4ヶ国が加盟)、シンガポール及び米国との間でFTAを署名済みです。表-3には、このうちチリ、EU及び米国について、水ビジネス関連の締結内容を整理してみました。

表-3 韓国のFTAにおける水ビジネス関連サービスの締結内容(例)
(基準額は米国を除き自治体等への適用額。【 】内は基準額)

 相手国  チリ  EU  米国 
 発効年月   2004.4 2011.7暫定  2007.6
(改訂2012.1予定) 
韓国自国内市場 対象となる自治体等  ・広域自治体
・Kウォーター(産品及び建設サービスのみ対象)
 ・広域自治体(BOT契約ではさらにソウル特別市、釜山広域市、仁川広域市、京畿(キョンギ)道内の自治体を含む)
・Kウォーター(産品及び建設サービスのみ対象)
 なし(国の省庁と政府関係機関のみ)
産品
【20万SDR】 
 ○
【20万SDR、ただしKウォーターは45万SDR】 
 ○
【1億ウォン=約7万SDR】 
建設サービス  ○
(BOTまたはコンセッション契約を含む)
【1500万SDR】
 ○
(BOT契約を含む)
【1500万SDR】
 ○
(BOTまたはコンセッション契約を含む)
【500万SDR】
設計サービス  ○
【20万SDR】
 ○
【20万SDR】
 ○
【1億ウォン=約7万SDR】
下水・廃棄物の処理・処分サービス  ○
【20万SDR】
 △
(産業排水と産業廃棄物のみ)
【20万SDR】
 △
(産業排水と産業廃棄物のみ)
【1億ウォン=7万SDR】
相手国市場 対象となる自治体等   州と県 ・全自治体
・自治体の出資法人等
・水道事業体 
 なし(国の省庁と政府関係機関のみ)
産品  ○
【20万SDR】
 ○
【20万SDR、ただし水道事業体は40万SDR】
 ○
【10万ドル=約7万SDR】
建設サービス  ○
(BOTまたはコンセッション契約を含む)
【1500万SDR】

(コンセッション契約を含む)
【500万SDR】 
 ○
(BOTまたはコンセッション契約を含む)
【500万SDR】
設計サービス  ○
【20万SDR】
 ○
【20万SDR、ただし水道事業体は40万SDR】
 ○
【10万ドル=約7万SDR】
下水・廃棄物の処理・処分サービス  ○
【20万SDR】
 ○
【20万SDR】
 ○
【10万ドル=約7万SDR】
 備考   自国内における過去の受注実績や業務経験を入札参加要件に含めることは禁止。  自国内における過去の受注実績や業務経験は、過去の業務経験が必要不可欠の場合以外は入札参加要件に含めることは禁止。  自国内における過去の受注実績や業務経験を入札参加要件に含めることは禁止。

 まず目をひくのは、いずれの場合も、BOT(Build, Operate and Transfer)事業またはコンセッション方式を含めることを明記している点です。

 また、自国内における過去の受注実績や業務経験を入札参加要件とすることを禁止している点も共通しています。ただし、EUとの間では、過去の業務経験についてのみ「必要不可欠の場合」という留保条件を付しています。ただ、グローバル企業の場合、熱帯雨林から寒冷地帯、原水の水質や要求される処理水質、またユーザーの生活様式や経済力もさまざまな地域での業務実績が含まれているわけで、これらを広げられても、履行能力を適正に評価することはかなり難しいケースが出てくるかもしれません。

 なお、この表をみるかぎり、極端に基準額が下がったり、サービスや団体が大幅に増えたりということは起こっていません。EUと韓国がお互いにBOT事業やコンセッションに注目しているとはいえるかもしれませんが、下水処理サービスの適用対象を産業排水処理のみに限る韓国側のWTO協定の内容は、最新のFTAでも踏襲されています。

 こうしてみると、国内の上下水道事業に限ればわが国がTPP交渉に参加することに伴う大きな変化はなさそうです。ただ、水メジャーを含む外国資本の各国における仕事ぶりについて日頃から情報を集めて分析しておくことは、今後の動向を正確に探る上で有益といえるでしょう。


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