トピックス  No.31 11/02/04  最終更新 11/11/21

第三セクター上下水道事業会社による海外水ビジネスの成功の秘訣とは

 「水と水技術」No.8(2011年1月、オーム社刊)への掲載記事を一部改変

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日本上下水道設計(株)


■地方自治体の水道部局における水ビジネス海外展開の動き

 東京都や横浜市などの政令市では、自らの外郭団体を通じたり、官民の連携によって、海外の水道に事業展開を図る動きが出ています。

 例えば、東京都水道局は、その外郭団体である東京水道サービス㈱を受け皿会社として、海外の水道事業体からコンサルティングや施設管理業務を受注することを目指しています。この一環として組織された「東京水道国際展開ミッション団」は、2010年8月のマレーシアを皮切りに、ベトナム、インドネシア、インド、モルディブの諸国にも幹部職員を派遣しています(インドには東京都下水道局と東京都下水道サービス㈱も同行)。また2010年5月には、イギリスの上下水道会社、ユナイテッド・ユーティリティーズ社のオーストラリア現地子会社(UUA)の全株式を三菱商事㈱、産業革新機構、日揮㈱、マニラウォーターの4社が共同で買収し、その中で東京都水道局と東京水道サービス㈱が技術支援を行うことを検討中との報道がなされたことも記憶に新しいところです。

 【追記1】 UUA社の買収は2010年10月に完了し、2011年3月からはトリリティ(Trility)社と社名を変更しています。

 【追記2】 2011年10月の報道によれば、ベトナム・ハノイ水道公社と東京水道サービス、㈱メタウォーターが年内にも合弁会社を設立し、ハノイ市内の浄水場の整備・運営を行う方向で調整中とのことです。浄水能力は2010年台半ばまでに15万m3/日、その後2020年までに30万m3/日まで増強の予定です。

 このように、水ビジネスの海外展開に向けた東京都の熱心な取り組みに触発されてか、他の自治体でも取り組みが始まっています。例えば横浜市では、2010年7月、東京水道サービスの横浜版というべき「横浜ウォーター㈱」が営業を開始し、国内外の水道事業体へのビジネス展開を図る計画を打ち出しました。ただし、東京水道サービスは東京都水道局51%出資、民間企業7社が49%出資の「第三セクター」であるのに対し、横浜ウォーターは横浜市水道局の100%出資の「第一セクター」である点が異なります。また、名古屋市でも外郭団体「財団法人水道サービス」を2011年4月から株式会社化し(『名古屋上下水道総合サービス㈱』)、その際に資本金2.3億円のうち2.0億円分は名古屋市上下水道局が、0.3億円分は名古屋市指定水道工事店協同組合が出資する計画が発表されました。

 これまで、ODAの技術援助の一環で自治体の職員を専門家として途上国に派遣したり、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構。経済産業省所管の独立行政法人)の助成または委託事業で民間企業と共同で海外のプロジェクトに参画する例はありましたが、官民協働のもと、水道事業体として海外の水道事業体から直接業務を受注しようとする具体的な動きは、2010年になってはじめて出現したものです。なお、このNEDOの助成または委託事業(省水型・環境調和型水循環プロジェクトなど)の最近の例としては、大阪市水道局が関西経済連合会、東洋エンジニアリング㈱、パナソニック環境エンジニアリング㈱と組んで、ベトナム・ホーチミン市の水道フィージビリティ・スタディに参画している例などがあります。

 【追記3】 2011年に入って、北九州市水道局がカンボジアの浄水場整備について2件のコンサルティング業務を受注して注目されています。1件目はJICA(国際協力機構)がODA案件として発注する、シェムリアップ市の浄水場設計に係るコンサルティング業務で、JICAから設計業務を受託した設計会社が行う設計成果を市当局が検証する際のアドバイザー業務というものです。2件目は同国鉱工業エネルギー省発注のモンドルキリ州セン・モノロム市の浄水場(能力1,000m3/日、給水人口約1万人)の基本設計、実施設計、施工監理業務です(総事業費は約2.2億円、北九州市の受注額は約2700万円、建設工事は国際競争入札となる予定)。

 こうした動きに大きなお墨付きを与えたのは、国交省・厚労省・経産省を共同事務局とし、この三省に環境省、総務省、外務省からの委員を加え、自治体は東京都、埼玉県、滋賀県、横浜市、川崎市、名古屋市、京都市、大阪市、北九州市、また民間企業は139社(公募)、合計186名もの委員を集めて2010年7月に第1回が開催された「海外水インフラPPP協議会」といえるでしょう。多分にセレモニーの性格を帯びてはいましたが、国をあげての取り組みや推進姿勢を国内外に示すには、それなりの意味があったといえるものでした。

 なお、この海外水インフラPPP協議会の設置だけでなく、国内外の水ビジネスをめぐる政産官学の動きは非常にあわただしいものがあります。互いに似たような名前もあってややこしいとお感じの方のために、一覧図を作成しましたのでご参照ください(図-1)。国政レベルでは、自民党を中心に2007年12月から活動を開始した「水の安全保障研究会」(2009年1月から政産官学による『水の安全保障戦略機構』(チーム水・日本)に発展解消)、水循環基本法(仮称)の制定をめざす超党派による「水制度改革議員連盟」、民主党による「水政策推進議員連盟」が結成されています。


図-1 水ビジネスをめぐる政産官学の最近の動き


■水ビジネスの海外展開に際しての制約条件

 さて、このような自治体の動きを踏まえつつ、2010年3月、総務省を事務局として、総務、外務、厚労、経産、国交の各省の政務官による「地方自治体水道事業の海外展開検討チーム」が設置されました。このチームが2010年5月末に公表した「中間とりまとめ」によれば、自治体の水道事業体が技術援助だけでなく、海外の水道事業の運営に直接携わることについて、次のような官民連携による方法が現実的と整理しています(図-2を参照)。

①第三セクターを介する場合
 水道事業体と民間会社が第三セクターをつくり、この第三セクターが他の民間会社とコンソーシアムを結成して海外の水道事業体からの業務を受注、あるいは水道事業体の買収、出資・融資、人材派遣等の活動を行う。水道事業体は、コンソーシアムと直接のやりとりはせず、第三セクターを介した出資・融資や人材派遣を行うことで、間接的に関与する。

②第三セクターを介さない場合
 水道事業体と民間会社がコンソーシアムを結成するが、水道事業体はコンソーシアムが行う受注、買収、出資・融資、人材派遣等の活動には関与せず、協力会社の立場から技術的支援(技術指導を行ったり、事業計画の策定についてコンソーシアムから再委託を受けるなど)にとどめる。


図-2 自治体の水道事業体が海外進出する場合の「現実的な」ビジネスモデル
(資料:『地方自治体水道事業の海外展開検討チーム中間取りまとめ』所載図を改変)

 上記の①を東京水道サービスと横浜ウォーターにあてはめてみると、東京水道サービスは、第三セクターであるため、このモデルがすぐにでも適用できます。一方、横浜ウォーターは、横浜市が100%出資の第一セクターであるため、横浜市水道局本体が出資者として引き受けるべきリスクは、共同負担者がいない分大きくなります。また、自治体の職員を第三セクターに派遣する際の派遣法(『公益的法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律』)の適用関係については、「第三セクターの主たる業務が国内の水道事業等、公益寄与業務であると認められる場合」には適用の対象となる(3年以内の『退職派遣』として3年満了後には元の職場に復職できるなど)と整理されています。このことは第一セクターにもあてはまるため、出資会社が海外の水道専業になってしまうと、その会社に派遣されることは元の役所の職場に戻れないということを意味します。

 また、上記の②における官民連携でのコンソーシアム結成については、「本来事業と密接な関係にある場合」、または「本来事業にかかる資産、知識及び技能を有効活用する場合」で、本来事業に支障を及ぼさず、十分な採算性を有するものであれば、地方公営企業法上の附帯事業として実施可能とされています。

 こうした制約条件をつける趣旨を一言でいえば、国内の本体事業に穴をあけるな、海外のツケを持ち込むなということにつきるでしょう。つまり、海外に入れ込むあまり、国内の本体事業をおろそかにするようなことがあってはならないし、海外事業に万一穴があいた場合にも、国内の本体事業に人的・財政的影響が及ばないよう、一定のバッファーを作っておくべし、ということです。


■ベルリン上下水道インターナショナルの事例研究

 それでは、第三セクターの上下水道事業会社が国外に出て成功を収めた事例はあるのか、またその理由は何か、代表例としてベルリン市のベルリン上下水道公社(Berliner Wasserbetriebe、以下『BWB社』と略)に的をしぼって見てみましょう。

◆国外水ビジネスへの進出

 BWB社は、150年以上にわたりベルリン市の上下水道事業を実施している会社で、1999年からは、ベルリン市が50.1%の株式を保有する第三セクターとなっています。国外業務のスタートは、BWB社が市から独立した法人格を獲得した1994年以来で、このスタート時点の組織形態は、わが国でいえば地方独立行政法人に近いものでした。つまり、地方公営企業とは違って自治体とは別の法人格をもつということですが、わが国の地方独立行政法人は自治体以外からの出資は受けられないため、この点はBWB社とは異なります。

 国内外の業務は、同じBWB社の組織の中で行い、国外業務のターゲットは、計画・設計やフィージビリティ・スタディ、あるいは管理運営のアドバイザリーなどのコンサルティング業務に置いていました。BWB社の1998年の年次報告書によれば、国外展開のエリアは、ドイツには比較的身近な中欧・東欧~西アジア諸国が中心で、ポーランド、ハンガリー、アルバニア、アゼルバイジャン、トルコといった国で現地水道事業体からの業務の受注、現地水道事業体とのJVの設立、あるいは技術協力協定の締結に成功しています。そのほかにも、中国(西安市)やブラジル(ミナス・ジェライス州)、アルゼンチン(ブエノスアイレス州カンパナ市)などにも進出しています。

 その後、1999年の第三セクター化に際しては、ドイツの電力会社RWE社、フランスのヴェオリア社との共同出資による持株会社、「RWE-Veoliaベルリン水道ホールディング」(現:ベルリン水道ホールディング、BWH社)を新設し、BWB社本体はもとより、子会社もすべてこの持株会社の傘下に移しています(図-3を参照)。このときにBWB社の国外部門は国内部門から切り離した上でBWH社の100%子会社化され、BWB社とは兄弟会社の関係におかれました。国外業務の運営において、ヴェオリア社が有する豊富なノウハウの移入や資本投下を期待する意図が大きかったと考えられます。


図-3 ベルリン上下水道公社(BWB)の第三セクター化のスキーム

 なお、この国外部門の子会社、ベルリン上下水道インターナショナル(BWI社)は、1999年の設立当初は有限会社(GmbH)の組織形態をとっていましたが、2002年からは株式会社(AG、資本金4,500万ユーロ)に改組されています。AG(Aktiengesellschaft)とは、株式の上場を前提とした会社の形態で、ドイツでも大企業とよばれるような会社がこのAGという形態をとっている場合があります。この改組の背景には、それまでコンサルティング業務を主なターゲットとしてきた国外部門を「株式会社BWI」として総合水事業会社に脱皮させ、建設投資を伴うもの(BOTプロジェクトなど)に必要な資金は広く市場からも調達しようとする意図があったといってよいでしょう。

◆コンサルティング業務への回帰

 2005年12月、BWI社の発行済み株式の80%をわが国の㈱丸紅が約60億円で買収することでBWH社と合意に至った旨が発表されました。しかし、この合意は翌2006年11月に㈱丸紅の側からキャンセルされています。

 もともとこの合意は、BWH社の3株主(ベルリン市、RWE社、ヴェオリア社)がいずれも、BWI社が建設投資分野に事業を拡大することに消極的であったことが最大の理由でした。ベルリン市は財政難、RWE社は水道部門から撤退し、本業の電力事業に専念することを検討している一方、ヴェオリア社は自前で国外建設投資を行っていることから、BWI社という子会社を通じて建設投資を行うメリットはありません。こうした状況を打開するための「戦略的株主」を求めるBWI社の思惑と、海外の水インフラ事業への展開をはかる丸紅の経営戦略が一致したものです。最終的に丸紅が株の売買契約を解消した理由は発表されていませんが、BWH社の内部で国外投資への積極派v.s.消極派の綱引きが後者の勝利に終わったことが原因と考えられます。

 この「戦略的株主」探しが頓挫した2007年から、BWI社は経営方針を大きく転換し、もともとの主力であったコンサルティング業務に再度主軸を移しています。2008年には、BWI社とドイツのエンジニアリング会社「H.P.ガウフ・エンジニアリング社」(H.P. Gauff Ingenieure)との共同出資により、「ベルリン上下水道マネジメントコンサルタント」(Berlinwasser Management Consult、BMC社)を設立し、上下水道の管理運営面のコンサルティング業務はこのBMC社が、また計画・設計やフィージビリティ・スタディは本体のBWI社が、それぞれ行う体制が整えられました。同時に、建設投資を伴うプロジェクトに対しては、世界銀行、欧州復興開発銀行(IBRD)、欧州投資銀行(EIB)、アジア開発銀行(ADB)などの国際金融機関との連携により対応する体制を築いています。

 現在、BWI社が業務を受託している国は15ヶ国、上下水道サービス供給対象人口換算では660万人という規模になっており、既にBWB社の国内サービス供給対象人口340万人を上回っています。この15ヶ国の内訳をみると、中東欧7国(アルバニア、セルビア、ハンガリー、トルコ、アゼルバイジャン、ウクライナ、ロシア)、中東1国(UAE)、アジア4国(中国、ベトナム、タイ、インド)、アフリカ2国(ナミビア、モーリシャス)、南米1国(ブラジル)となっています。ただし、BWI社単体の売上高は2010年度に297.2万ユーロ(1ユーロ=112円として約3.3億円、2009年度は746.5万ユーロ(約8.4億円))で、国内のBWB社の売上高11.94億ユーロ(約1,337億円、2009年度は約11.83億ユーロ(約1,325億円))と比べると微々たるものでしかありません。コンサルティング業務を主軸に据えているBWI社の現状から考えれば当然ともいえるでしょう。

 このように、ベルリン上下水道インターナショナル社の取り組みを見てくると、成功の秘訣は「本来得意な分野に経営資源を集中し、無理に事業を起こしたり、拡大したりしない」ことと「背伸びをせず、不慣れな分野は他の専門会社とパートナーを組んで補う」とまとめられるでしょう。いささか月並みなことではありますが、自分の会社がどこまでを頑張るべきなのか、見極めが意外に難しい事柄といえるでしょう。


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