トピックス  No.29 10/06/21   最終更新 11/12/28

イタリアにおける水道事業の広域化

 イタリアでは、1994年に制定されたガリ法により、紆余曲折はあったものの、水道事業の広域化と上下水道の一体化、また民間資金導入に向けた試みが進められました。2010年にはさらなる民間化を促進する法律が国会を通過しています。わが国で検討が進みつつある「新たな概念の水道広域化」も、最終的な決め手は広域化を何らかの形で義務づける法制化にあるのかも知れません。この観点から、イタリアの事例をご紹介します。

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■1994年ガリ法に基づく水道事業改革

 イタリアで1994年に制定された法律第36号「水道事業体の改革に関する法律」(通称:ガリ法)は、当時一般的であった自治体運営による水道事業の統合・広域化を図り、経営の効率化を追求することを目的としています。その骨子は、①ATO(Ambiti Territoriali Ottimali:最適規模事業体)と呼ばれる広域的な一部事務組合を結成させ、自治体の水道事業運営をこのATOに一元化すること、②水道事業と下水道事業を統合すること、③各ATOが独立採算原則に基づく統一的な料金を設定すること、の三点にあります。

 同法の制定当初、イタリア国内の水道は10,000を超える自治体に委ねられ、そのほとんどが独立採算によらない公共事業として運営されていました。イタリア全国の人口は約6,000万人ですので、わが国と比べても自治体の平均規模が小さいことがわかります。このような小規模な自治体の直営による水道事業運営に技術面・財政面で限界があることは自明のことで、加えて水道料金は非常に安く設定され、自治体の財政難と相まって必要な施設整備が滞り、特に水道管路からの漏水率の高さや下水処理の普及の遅れが顕著となっていました。イタリアの当時の下水道は、排水管だけで下水処理場を持たない、いわばわが国の都市下水路のような形態のものが多かったのです。

 各自治体がどのATOに属するかを決定する権限は、全国に20ある州(regione)に与えられ、概ね河川の流域界を単位として全国で91のATOが設置されることとなりました。ただし、容易に想像されるように、ATOの結成や運営の細部をめぐって自治体間の調整が難航するケースが多く、2009年現在、91のATOのうち、実際に上下水道事業の運営を行っているものは68にとどまっています。運営の細部をめぐる調整とは、たとえば、施設や設備の現状把握と状態評価、それに基づく将来の整備・更新計画、財政計画、料金の体系と設定水準、現在の職員の処遇といった事項です。

 ガリ法では、各ATOによる上下水道事業の運営について、①公営企業による直営、②官民共同出資会社の設立、③民間委託のいずれかを、競争入札により決定することを要求しています。ただし、ATOの設立に関わらず上下水道施設の所有権は引き続き各自治体に帰属するため、①から③のいずれの運営形態による場合でも、自治体からのコンセッション(事業権の譲渡)となります。

 実際に上下水道事業の運営を行っている68のATOの運営形態をみると、公営企業による直営方式を採用しているものが31と最も多く、官民共同出資会社の設立が25でそれに次ぎ、民間委託は6つとなっています。この民間委託が少ないことは、事業者の募集を行っても応札者がいないか、不調に終わるケースが多いことも原因の一つとなっており、その理由として、1)厳しすぎる入札参加要件、2)施設や事業の現状をめぐる発注者と応募者との対話の機会の不足、3)極端に低い予定価格、4)自治体との紛争の多発、といった点があげられています。また、公営企業による直営方式の採用が多い背景には、著しい料金値上げを避けたいという、ATOを構成する自治体の意志が反映されている場合があることが指摘されています。

 現在のイタリアの上下水道事業運営のスキームを図示すると下図のようになります。OTAを監督する国の行政機関として「COVIRI」と呼ばれる省庁の設置が目を惹きます。これは、ガリ法に基づく国内の上下水道サービス改革の現状を国会に報告し、また各ATOに改善指導を行う組織ですが、上下水道会社の料金改定の上限を設定することで規制を行うイギリスのオフワットとは異なり、COVIRIは個々のATOが設定する上下水道料金にはタッチできません。何よりもその指導に法的な強制力を伴わないという点が大きなハンディキャップとなっています。上下水道事業に関する規制の権限は、国レベルではなく、基本的にATOに委ねられているといってよいでしょう。




■ローマなど大都市における官民共同出資会社の設立

 ローマやボローニャなどの大都市の上下水道当局は、ガリ法の制定に伴い、計画や規制の権限を留保した上で、官民共同出資会社に自らの属するATOの上下水道事業運営を委ねています。その主だったものには、ローマ市を中心とするAcea社、ボローニャ市を中心とするHera社といった会社があります。例えばAcea社は、上下水道のほか、電力やガス供給事業を手がける総合ユーティリティ会社で、その前身は1909年に設立されたローマ市営の電力供給会社からスタートしています。また、Hera社も上下水道だけでなく電力供給や廃棄物処理サービス等を合わせて行う総合ユーティリティ会社で、こちらはボローニャ市とその周辺のATOにおける官民共同出資会社などの統合により、比較的新しく2002年に設立されています。

 なおAcea社は、国外の上下水道プロジェクトへの進出も積極的に図っており、コロンビア、ホンジュラス、アルメニア、ペルーの各国の上下水道運営を受注しています。わが国に引きつけて考えると、東京都水道局と民間会社の共同出資による「東京水道サービス㈱」と東京都下水道局と民間会社の共同出資による「東京都下水道サービス㈱」が合併し、株式を上場して、さらに海外に進出している形と考えればわかりやすいかも知れません。


■2010年の新法制定と2011年の国民投票

 2010年になって、水道を含む公営企業の民営化を促進し、インフラ整備に民間資金を積極的に導入する新法がイタリア国会で可決され、今後の成り行きが注目されます。

 この法律は、①従来の公営企業による運営を実質的に禁止し、既存の公営企業は2013年までに入札により運営事業者を改めて選定すること、②官民共同出資会社における自治体の出資割合を40%未満とすること、③株式を上場している官民共同出資会社については、自治体の出資割合を30%未満とすること、の三点を骨子とするものです。

 市民団体からは、料金の大幅なアップを招きかねないとして国民投票を呼びかける動きがあり、100万人を超える署名を集めています。(イタリアでは、いったん制定された法律の全部又は一部廃止の是非を問う国民投票(referendum)の制度があります。) また一方では、公営企業による水道事業運営形態を死守することは必要な設備投資を滞らせ、低いサービス水準を温存することになる、と主張する団体も出現しているということです。今後の動向を引き続きチェックする必要があります。

 【追記】 件の国民投票は2011年6月に実施され、圧倒的多数で新法が否決されました。この国民投票では同時に、福島第一原発事故以来凍結されていた原子力発電所建設の再開に関する法案の賛否についても投票が行われ、これも圧倒的多数で否決されています。


■わが国における水道広域化の動きと促進策

 2004年6月に厚生労働省が公表した「水道ビジョン」では、経営・技術両面にわたる運営基盤の強化が掲げられ、その対応策の一つとして、従来行われてきた施設の一体化による広域化に加えて、経営や管理の一体化を含めた「新たな概念の水道広域化の推進」が示されました。また、2008年8月に(社)日本水道協会でまとめられた「水道広域化検討の手引き」では、そのための具体的な計画・検討の進め方や事例が整理されています。

 こうした国から自治体への働きかけは、財政面でも行われていて、2010年度には総務省の地方財政対策措置として、「簡易水道再編推進事業」の建設改良事業にかかる起債元利償還費の1/2について一般会計からの繰り出しを認め、さらにそのうちの1/2は地方交付税措置(基準財政需要額への算入)が行われることになっています。

 自治体レベルでの最近の検討事例として目立った動きは、大阪府と大阪市(府・市水道の統合を協議、ただし、当面は大阪府と大阪府から水道用水の供給を受ける市町村とが一部事務組合を設立し、大阪市との統合はその次の課題とすることで2010年2月に合意。2011年4月に府内42市町村で構成された大阪広域水道企業団が発足し、これまで府水道部が行ってきた用水供給事業と工業用水事業を引き継いだ。)、神奈川県(県内広域水道企業団と横浜市、川崎市、横須賀市との広域化と効率化を検討する「今後の水道事業のあり方を考える懇話会」が2007年11月に答申)、埼玉県(県と県内66事業体が参加する「埼玉県水道広域化協議会」を2009年5月に設立)、岩手県(2014年度までに2市1町1企業団の経営一体化を盛り込んだ「いわて水道ビジョン」を2010年3月に策定)などがあります。国から提唱されて6年になる「新たな概念の水道広域化」は、都道府県がまとめ役となって、じわじわと広がる形勢下にあるとはいえるかもしれません。

 ただし、イタリアにおける上下水道事業の広域化は、1994年のガリ法がなければ到底実現しえなかったことは事実です。石井健睿氏(現:東京都市開発㈱顧問)は、月刊「水」誌2009年8月号に寄稿された誌上提言「水道事業の広域化は新しい視点が必要だ」の中で次のように述べています。

 << 平成の大合併で多くの地方自治体が合併し、その中で水事業の統一も図られている。同じ市の中にあって水道のサービスレベルが違うというのでは、まずいことは言うまでもない。必然的に広域化を進めざるを得なくなる。
 広域化は、少々無理があっても、反対があっても、国全体としてみたときナショナルミニマムを達成するために必要であるというのであれば、少々は強引な法制度化が必要である。
 これまでいろいろ、議論され、現在も検討されているが、法的な措置によるある程度の強制が必要である。水道事業は市町村事務であるという規定を残しておいて、広域化しろといっても、それは無理である。県単位、道州制単位を原則として、どうしてもいやだというところは、市町村でもよいとする。その代わり補助金などは支給しないとか措置を取るべきである。このくらいのことをしないと、現在の状況を変えるのは困難である。>>

 新たな法律の制定や既存法の改正には多大な労力と時間を必要とします。また、広域化を行おうとする自治体に対しては、現行の法制度でも、水道法に基づく第三者委託(官から官への委託と官から民間への委託の双方が可能)のほか、地方自治法に基づく一部事務組合や協議会の設置などさまざまな選択肢が用意されています。このため、広域化に踏み出せない自治体を誘導する手段としては、石井氏が指摘する補助金支給の条件づけのほか、起債について政府系資金の充当割合に条件づけを行ったり、上述の「簡易水道再編推進事業」におけるような元利償還金に対する交付税措置の優遇といった方法が当面の対策としては有効かもしれません。


■参考文献

1) Mangano, Andrea (2009), "Water services in Italy", http://eau3e.hypotheses.org/files/2009/11/ATHENS_Andrea_Mangano.pdf
2) Armeni, Chiara (2008), "The right to water in Italy", IELRC Briefing Paper 2008-01, http://www.ielrc.org/content/f0801.pdf
3) Lobina, Emanuele (2005), "D10f: WaterTime national context report -Italy ", http://www.watertime.net/docs/WP1/NCR/D10f_Italy.doc
4) Triulzi, Umberto (2004), "The reform of the Italian water sector", http://siteresources.worldbank.org/EXTWSS/Resources/337301-1147283808455/2532553-1149773713946/Triulzi_ReformofItalianWaterSector.pdf
5) Taglialatela, Giovanni (2005), "The Italian water sector between market opening and societal concerns: HERA's experience", http://www2.epfl.ch/webdav/site/mir/shared/EUROMARKET/Conference%20Presentations/HERA%20Presentation.
6) Lobina, Emanuele et. al. (2005), "D36: WaterTime case study -Rome, Italy ", http://www.watertime.net/docs/WP2/D36_Rome.doc
7) Lobina, Emanuele et. al. (2005), "D13: WaterTime case study -Bologna, Italy ", http://www.watertime.net/docs/WP2/D13_Bologna.doc
8) Media Analytics Ltd. (2010), "Europe Water- News in Brief", Global Water Intelligence Vol.11 Issue 8


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