トピックス  No.22 08/10/15  最終更新:11/02/24

米国アトランタ市の水道事業民営化と再公営化

 1990年代後半から世界各国で進められた水道事業の民営化は、成功事例とともに失敗事例も出てきています。この失敗事例をもって行き過ぎた新自由主義への警告と捉えたり、生命に関わる水道水の供給を営利企業に委ねる危険性を指摘する声が出ています。
 米国ジョージア州の州都であるアトランタ市の水道事業がいったん民営化されたのち、程なく再公営化された2003年当時のニュースでも、「民営化は水道事業の問題を解決する手段にはならなかった」とする論調が多く見られました。アトランタ市では民営化自体が悪かったのか、民営化のプロセスに問題があったのか、1998年の民営化(民間委託)~2003年の契約解除に至る経緯を改めて検証しました。

新着情報

ご案内

業務実績

トピックス

調査研究

セミナー・掲載記事

研究所紹介

サイトマップ

ENGLISH


お問い合わせ


日本上下水道設計(株)


■民営化と再公営化の経緯


 アトランタ市が市営で行っていた水道事業の運営を、民間会社であるユナイテッド・ウオーター・サービス社(UWS:仏国の大手水道企業スエズ社の子会社)に委託したのは 1998年12月(運営開始は1999年1月)でした。2つの浄水場の運転管理のほか、施設の更新・新設の計画と実施、管路の管理を含む大規模かつ長期(20年間)の契約は、実質的な民営化といって差し支えないものでしたが、4年後の2003年1月に契約は解除され、再び直営に戻って現在に至っています。契約の締結当初には、効率的で先進的な管理によって、市営で年間5,000万ドルだった経費が半分以下になり、契約期間の20年間で総額4億ドル以上を削減できる予定でした。同時に水道サービスの改善と維持向上が行われ、老朽化した施設は更新され、強化されつつある環境保全規制にも対応し、米国での水道事業民営化のモデルとなるはずでした。

 契約解除に至った直接の原因は、水圧低下による出水不良、配水管内の赤錆や堆積物による赤水の発生、漏水修繕対応の遅さ、配水管事故時の水質汚染に関する住民通知の遅さなど、UWS社が業務の要求水準を達成できなかったことによるものです。しかし、問題は民営化(民間委託)だけにあったのでしょうか。


■低すぎた契約金額


 アトランタ市の水道事業は、給水人口150万人、給水量は一日平均105百万ガロン(約400,000m3/日)の規模で、アメリカで民営化(民間委託)される水道事業としては最大規模のものでした。米国の水道事業は公営が主流であるため、世界中の水企業がその契約を勝ち取ろうと激しく競いました。たとえ利益はわずかであっても、米国で水道事業の民営化を促進し、ビジネスを展開するためのモデルになるからです。

 最終的に契約を締結したのは、5社のうち最低価格2,140万ドル/年(20年で4億2,800万ドル)を提示したUWS社でした。しかし、2003年の契約解除により、サービスレベルの低下と再公営化という住民にも市にもUWS社にもメリットをもたらさない結果となりました。

 UWS社側は、自社による運営に問題があったことを認める一方で、水道施設の状態が予想以上に老朽化していたことや、市から提示された修繕履歴等のデータが不正確で修繕対応しなければならないものが施設や設備によって2倍~10倍量あったことなど、市が業務や施設の現状を十分に情報開示しなかったため、予想外の作業負担を強いられたことが原因であるとも主張しています。

 UWS社は初年度に1,000万ドルの損失を出し、そのまま対応し続けることが困難になったため、追加の支払いを市に求めましたが、市からは拒否されています。契約では、改良更新工事のうち1万ドル以内のものはUWS社の裁量と費用負担、1万ドル超の工事は市の裁量と費用負担で行うものとされていました。また、10万ドル以上の新規改良工事を実施する場合や、不可抗力事由による追加費用が発生した場合は、市とUWS社の協議により委託費用を見直すことになっていました。UWS社が市に求めた追加の支払いが、これらに該当するような、本来市が負担すべきものであったのか、あるいはUWS社が契約を得るために不当に安く入札し、契約締結後の追加契約によって費用を回収しようとしただけなのか、本当のところはわかりません。結局のところ、利益が出せないだけでなく、損失の発生を継続するわけにもいかず、市とUWS社は契約解除に合意することになりました。

 契約解除によって水道事業は公営に戻りましたが、年間費用はUWS社に支払っていた2,140万ドルから4,000万ドルに倍増しています。民営化以前の年間費用は5,000万ドルでしたので、水質や維持管理の問題を解決するには、結局、民営化以前と同程度の費用がかかることが分かっただけともいえます。このような事情を踏まえると、UWS社が当初、経費を低く見積もりすぎたことが問題であって、民営化自体に問題があったとはいえないでしょう。


■職員の再雇用


 アトランタ市の水道事業の民営化は、市による非効率な運営の典型として水道事業に関心をあてるとともに、職員数を民営化によって減らし、効率化を進めるという市の政策の一つでもありました。民営化にあたって、市は職員数を700数十人から300数十人に半減した上で、UWS社に再雇用させています。(注:契約では、市の職員を雇用すること、3年間は給与と福利厚生等のレベルを維持することが含まれていました)。

 民営化によるサービスレベルの低下は、必要以上の人員削減が原因とする意見もありますが、再公営化された時点での職員は350人程度であり、民営化時と同レベルの職員数で公営に移行しています。このため、職員の半減は原因ではなく、少ない職員で効率的に運営管理を行う体制をUWS社が構築できなかったと見るべきで、市の職員の雇用保証によりUWS社に与えられた自由度が少なかったことはその大きな原因といえるでしょう。


■渇水の影響


 出水不良や赤水発生については、1998年から2002年にかけて異常乾燥が続いており、給水制限を行っていたという事情も影響していたと考えられます。水圧を低下させたり給水を停止したりすることを繰り返せば、管内の流速や流向が変化し、管内の錆や堆積物が流出しやすくなります。

 また、水道管に問題が出始めたのは1990年代半ばからで、民営化によって効率性を高め、管更新の財源を捻出する計画でしたが、老朽管が予想以上に多かったため、対応が追いつかなかったことも推察されます。

 UWS社による運営に問題があったことは事実でしょうが、民営化したから赤水問題等がひどくなったと考えるのはあたらないでしょう。


■何が問題だったのか


 以上のような事情を踏まえると、アトランタ市では、

●民営化に際して、業務量と金額を適切に見積もるために十分な情報を市が開示しなかったこと
●過度なダンピングの判定をはじめ、提案された事業計画と金額を市が適切に評価できなかったこと
●民営化に際しての市職員の雇用保証が一因となって、UWS社による効率的な運営体制の構築が遅れたこと
●市による、UWS社への適時・適切なモニタリングと改善指導ができていなかったこと

が問題であって、民営化という手段自体に問題があったとは言い切れません。再公営化によって増加した費用が適切なレベルかどうか公表資料の範囲で判断はできませんが、UWS社との契約を解除せずとも、運営開始後に明らかになった施設や設備の現状に関する情報に基づいて、契約金額を見直す余地はあったといえます。また、運営開始直後には一定の習熟・移行期間を設け、市はUWS社に特に重点的なモニタリングと指導を行うべきであったともいえるでしょう。

 結局のところ、「何」を「どのように」行うかが重要であって、「誰」が行うかはさほど重要ではないのかもしれません。


■参考となる文献のURL


○United Water: Press Release; United Water and City of Atlanta Sign Nation's Largest Public-Private Partnership for Water Operations(98/11/10)
 (現在はHP上から削除されています。)

○United Water: Press Release; CITY OF ATLANTA AND UNITED WATER ANNOUNCE AMICABLE DISSOLUTION OF TWENTY-YEAR WATER CONTRACT(03/1/24)
 (現在はHP上から削除されています。)

○Victory to Consumers as Atlanta Ousts Failing Private Water Company(03/1/24)
 http://www.citizen.org/pressroom/release.cfm?ID=1311

○No silver bullet : Water privatization in Atlanta, Georgia – a cautionary tale(03/02/05)
 http://www.cbc.ca/news/features/water/atlanta.html

○Water Privatization Becomes a Signature Issue in Atlanta(03/2/12)
 http://projects.publicintegrity.org/water/report.aspx?aid=55

○水道民営化を問う(03/3/3)
 http://www.ashisuto.co.jp/corporate/totten/column/1175835_629.html

○The water privatization “model” : A backgrounder on United Water's Atlanta fiasco(03/3/13)
 http://www.citizen.org/documents/atlantafiasco.pdf

○科学技術動向・月報No.31 2003年10月号「特集2 世界における上下水道処理技術と水事業民営化の動向」(03/10)
 http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/stfc/stt031j/
0310_03_feature_articles/200310_fa02/200310_fa02.html


○官民競争入札等監理委員会 第2回公共サービス改革小委員会  公物管理分科会 会議資料(厚生労働省提出資料その2;水道の維持管理について 質問事項への回答)(07/5/29)
 (現在はHP上から削除されています。)

○産経ニュース:国際 対策が後手…水不足に苦慮するアトランタ(07/12/20)
 (現在はHP上から削除されています。)


トピックスに戻る