ガス事業法では、輸送・販売形態の違いによってガス事業を一般ガス事業、簡易ガス事業、ガス導管事業及び大口ガス事業の四つに分類しています。一般需要向けのガス供給事業は、このうち一般ガス事業と簡易ガス事業で、これらは合わせて都市ガス事業と呼ばれています。一般ガス事業と簡易ガス事業は、ともに導管を使ってガスを供給するものですが、簡易ガス事業は、団地などでLPGボンベ等を使った簡単なガス発生装置を設置し、小規模に供給する事業を指しています。一般ガス事業者211(2010年版ガス事業便覧による2010年3月末現在の数値)のうち、公営は14%にあたる30事業(2010年3月末現在)となっています。
公営ガス事業の民営化は、資源エネルギー庁が2000年1月に策定したIGF(Integrated Gas Family)21計画に基づく天然ガス(高カロリーガス)導入の促進が直接・間接の引き金となっています。天然ガスへの転換は多大な設備改良投資を必要とし、小規模な事業体では大きな負担になります。公営ガス事業は、中小規模のものが多いこと、オール電化住宅の攻勢といった事業環境の急激な変化に追随が困難なことなどを背景として、民間譲渡が急ピッチで進み、2002年度末に61あった公営ガス事業も2010年3月には30事業と半減しています。至近の譲渡例としては、久留米市(久留米ガスに2009年4月譲渡)と長岡市(北陸ガスに2009年10月譲渡)があります。
2008年9月には仙台市のガス事業民営化に向けて事業者の公募が行われましたが、折悪しく米国発金融ショックの時期と重なっため、参加資格者(東京ガス㈱、東北電力㈱及び石油資源開発㈱のコンソーシアム)から辞退届が提出され、公募自体が中止になっています。
なお、日本ガス協会と日本ガス石油機器工業会では、上記のIGF21計画を受けて、2010年までにガス種を12Aと13Aに統一することを内容とした実行計画を策定しています。2010年3月末現在の一般ガス事業者211のうち、液化天然ガス(LNG)又は天然ガスを原料としている事業者は178で、依然として液化石油ガスを主原料としている事業者が33残っています(うち公営1、私営32)。
公営ガス事業の民営化の手法については「公営ガス事業の民営化手法研究会報告書」(2002年3月、公営ガス事業の民営化手法研究会、総務省自治財政局、総務省HPで公表)に要領良くまとめられています。①事業譲渡、②株式会社化、③フランチャイズ(営業(運営)権を譲渡し、施設は引き続き官が所有)及び④運営委託の四方式で、これまでに民営化されたガス事業ではすべてが「事業譲渡」になっています。以下、これらについて簡単に見てみましょう。
◆「事業譲渡」は、自治体が民間企業に事業自体を売却することで、地方公営企業としての廃止を伴うことから、ガス事業の設置や管理に関する条例の廃止について議会の議決が必要なほか、既存企業債の繰上償還、行政財産から普通財産への種別替えといった手続きに加え、ガス事業法に基づく事業譲渡の許可が必要となります。売却は、随意契約(公募型プロポーザル)又は一般競争入札によることが通例です。なお、公営ガス事業に係る施設は、地方自治法第244条の「公の施設」に該当しますが、同法第244条の2第2項に基づく「特に重要な公の施設」に条例で指定されている場合は、廃止の議決にあたり2/3以上の同意が必要となります。ガス事業施設は、上下水道施設と並んで「特に重要な公の施設」に指定されている例が多く見られます。
◆「株式会社化」は、自治体・民間の共同出資により新たな株式会社を設立し、この会社に事業を継承させるものです。地方公営企業としての廃止が必要であることは事業譲渡の場合と同じです。また、自治体職員が新会社に移行する際は、「公益法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律」第10条に基づく「退職派遣」に限られ、その期間は3年以内に限定されます(3年を超えると自治体に戻れず、また公務員共済の適用も受けられなくなる)。なお、海外の上下水道では、ベルリン市で1999年に上下水道事業を民営化した事例があります。これはベルリン市が50.1%、ヴェオリア社他のコンソーシアムが49.9%を出資した持株会社を設立することにより株式会社化が行われています。
◆「フランチャイズ」は、フランスにおけるアフェルマージュに似た形態で、インフラ部分の所有と建設改良投資は自治体がそのまま行い、一定期間の管理運営を一般競争入札により民間事業者に委ねるものです。
◆「運営委託」は、比較的単純な民間化の方法で、地方自治法第244条の2第3項に基づく公の施設の指定管理者制度(料金収受型)を適用することが最も現実的でしょうが、現在のところ公営ガス事業に対する指定事例はありません。なお、メータの検針や取替え、ユーザーの機器調査、ガス管漏洩調査といった個々の管理業務は、既に多くの自治体で民間委託が実施されています。
なお、事業譲渡に当たっては、譲渡資産の譲渡予定価格を算定する必要があります。これについて上掲研究会の報告書では、譲渡価格の算出方法に確定した方法はないとして次のように述べています。
「これまでの事業譲渡の例では、ガス事業法に基づく固定資産の帳簿価額を基礎とし、この価額に含み益、含み損を加減し、譲渡価額を算出する方法を採用している。この場合、土地については、不動産鑑定価格で評価し、帳簿価額との差額を含み益又は含み損とする。なお、別途、事業規模、経営状況、高カロリー化の完了・未完了、今後の普及の可能性を考慮して、将来利益の現在価値を算出し、これに加えることも考えられる。」
2002年度以降民営化された公営ガス事業は下表のとおりです。譲渡前年度現在のガス売上高を譲渡価格で割った比率(譲渡価格当たりどれだけの売上高が見込めるか、譲受する側にとってのコストパーフォーマンス)を見ると、能代市と北見市は100%を超えており、これだけ見るとかなりお買得感がありますが、両都市では高カロリー転換がなされていなかったため、その分の将来必要投資額を資産価額から差引いた結果と考えられます。
なお、北見市では、2006年4月1日の民間譲渡から間もない2007年1月、昭和30年代に埋設された鋳鉄ガス管の破断によるガス漏れ事故が発生しました。破断したガス管から地中に漏れたガスは、下水道の配管などを通じて家屋内に伝わったものと考えられており、高カロリーへの転換前でガス中に一酸化炭素が含まれていたため、3名の住民が亡くなっています。
また、同じく譲渡時点で高カロリー未転換であった佐賀市は、譲渡先の佐賀ガス㈱が引き続き5Cガスを供給していましたが(2005年3月現在)、その後13Aに転換済みとなっています。佐賀市にとっては比較的売り得であったと言えるかも知れません。(ただし、譲渡後、ガス管の腐食やガス製造設備の不備が多数見つかったとして、佐賀市を相手取り損害賠償請求訴訟が提起されています。この件に関する佐賀ガス㈱の公表資料はこちら。)
譲渡価格の決定は、このような設備の老朽化など個々の事情が十分に考慮された結果とは思いますが、自己資本構成比率が80%以上、経常収支比率も100%以上、しかも高カロリー対応済みといった優良経営の公営ガス事業にしては、譲渡価格に割安感があるものもあります。目安としては、年間ガス売上高は譲渡価格の30~40%、逆にいえば譲渡価格は年間ガス売上高の3倍前後に落ち着くといったところです。
譲渡先は、大手又は中堅の都市ガス会社か、それらの出資会社というものが多くなっています。民営化により、経営基盤は広域化し、従来以上に安定したといえるのではないでしょうか。
事業者 |
譲渡年月日 |
譲渡前 |
譲渡時 |
年度 |
ガス売上高 A
(億円) |
経常収支比率
(%) |
自己資本構成比率
(%) |
ガス種 |
譲渡先 |
譲渡価格 B
(億円) |
ガス売上高
/譲渡価格
(A/B,%) |
鴻巣市 |
'02.4.1 |
'01 |
7.35 |
110.0 |
69.0 |
12A |
東京ガス |
12.60 |
58.3 |
能代市 |
'02.10.1 |
'02 |
10.87 |
62.5 |
28.7 |
L2(5AN) |
のしろエネルギーサービス |
2.0 |
543.5 |
佐賀市 |
'03.4.1 |
'02 |
19.01 |
111.8 |
94.6 |
5C |
佐賀ガス |
34.1 |
55.7 |
新潟市 |
'03.4.1 |
'02 |
8.23 |
106.4 |
59.7 |
12A |
北陸瓦斯 |
15.4 |
53.4 |
白根市 |
'04.4.1 |
'03 |
13.31 |
129.8 |
84.7 |
12A |
白根瓦斯 |
38.4 |
34.5 |
篠山市 |
'04.4.1 |
'03 |
2.99 |
80.6 |
26.1 |
13A |
篠山都市ガス(大阪ガスと伊丹産業の共同出資会社) |
12.57 |
23.8 |
小須戸町 |
'04.4.1 |
'03 |
2.84 |
119.4 |
67.6 |
13A |
越後天然ガス |
7.40 |
38.4 |
西川町 |
'04.4.1 |
'03 |
3.35 |
125.9 |
85.8 |
13A |
蒲原瓦斯 |
8.30 |
40.4 |
城崎町 |
'04.10.1 |
'03 |
1.56 |
109.6 |
74.2 |
13A |
大阪ガス |
6.33 |
24.6 |
三島町・与板町ガス企業団 |
'05.4.1 |
'04 |
3.18 |
103.9 |
85.6 |
12A |
長岡市(市町村合併関連) |
42.2 |
7.5 |
長野県企業局 |
'05.4.1 |
'04 |
47.55 |
112.2 |
61.8 |
12A |
長野都市ガス(東京ガスグループ) |
110.0 |
43.2 |
吉田町 |
'05.4.1 |
'04 |
6.79 |
118.8 |
97.3 |
13A |
蒲原瓦斯 |
19.4 |
35.0 |
分水町 |
'05.4.1 |
'04 |
3.35 |
120.1 |
95.1 |
13A |
蒲原瓦斯 |
10.9 |
30.7 |
西山・刈羽ガス企業団 |
'05.5.1 |
'04 |
3.26 |
103.4 |
73.0 |
13A |
柏崎市(市町村合併関連) |
無償 |
- |
燕市 |
'05.6.1 |
'04 |
11.79 |
104.3 |
46.1 |
13A |
白根瓦斯 |
42.2 |
27.9 |
北見市 |
'06.4.1 |
'05 |
8.41 |
86.0 |
51.1 |
L3(4B) |
北海道ガス |
2.46 |
341.9 |
四街道市 |
'06.4.1 |
'05 |
9.25 |
121.2 |
96.9 |
12A |
千葉ガス |
25.6 |
36.1 |
越前市 |
'06.10.1 |
'05 |
4.96 |
76.5 |
22.1 |
13A |
越前エネライン(関西電力、敦賀ガス、田中建設の共同出資会社) |
38.1 |
13.0 |
桑名市 |
'08.4.1 |
'07 |
17.8 |
109.5 |
64.6 |
13A |
東邦瓦斯 |
40.0 |
44.5 |
久留米市 |
'09.4.1 |
'07 |
30.78 |
94.8 |
47.6 |
13A |
久留米ガス(西部瓦斯、久留米共同ガス、筑邦銀行、筑後信用金庫の共同出資会社) |
48.0 |
64.1 |
長岡市 |
'09.10.1 |
'08 |
12.81 |
103.7 |
81.1 |
12A,13A |
北陸瓦斯 |
40.0 |
32.0 |
注1)赤字は高カロリー未転換、青字は経常収支比率100%以上かつ自己資本構成比率80%以上であることを示す。
注2)譲渡価格は、消費税込みと消費税抜きのものが混在しており、あえて統一は図っていない。
公営ガス事業の民営化がこれだけ進んでいる現在、事業として似た性格を有する水道事業や工業用水道事業でも、少なくとも法制度上、手続き上全く問題なく民営化が可能です。にも関わらずなぜ民営化がなかなか進まないのか。課題となりうる点をあげるならば次の三点が考えられます。
◆受け皿となる民間事業者が育っていない
ガス事業では、国家のエネルギー政策として経済産業省の主導によりIGF21計画が推進されました。高カロリー化に必要な設備投資の負担に耐えきれない弱小公営事業体は、広域的な経営基盤を有する民間に事業譲渡をする結果となっています。
水道事業では、厚生労働省が水道の将来像を「水道ビジョン」として示し、各事業体にこれを受けた「地域水道ビジョン」の策定を指導しています。拡張整備や施設の更新、グレードアップ等個々の事業体で課題は異なりますが、国が特定の政策目標を掲げて事業体を指導していく構図はガス事業と同じで、将来の負担に耐えられないと判断した事業体では、民間への事業譲渡が現実的な選択肢にあがっても良さそうなものです。
水道事業や工業用水道事業で民営化の検討が取りざたされてきた事業体は、香川県善通寺市、新潟東港臨海水道企業団などがあり、新潟東港臨海水道企業団は実際に民営化されましたが(下記『追記1』参照)、その後に続く事業体が続々と出現、いう状況にはありません。その主な理由は、民営化によるサービス水準低下や料金値上げの可能性、行政側の職員の処遇問題といったものですが、それらの根底には、広域的な経営基盤と実績を有する民間事業者が国内で育っておらず、官民ともに事業リスクの範囲や分担について不安を感じていることが大きいといえるでしょう。こうした現状では、全面的な民営化ではなく、施設の保有は官、運営は民というフランスのアフェルマージュ型の官民協働形態が最適と考えられます。また、リスクの官民分担にしても、リスクを相互に押しつけ合うのではなく、リスクの全体をいかに小さくするかという観点から、リスクを明確化した上で甲乙の協議や定期的な契約条項見直しの余地を残しておくことが必須と考えられます。
【追記1】なお、新潟東港臨海水道企業団の民営化については、2008年11月に民間譲渡先の募集が行われ、2009年1月に優先交渉権者として明和工業㈱が選定されました。事業譲渡は2009年12月1日になされたところです。同社のHP上で新潟東港水道事業部のページが開設されています。これによれば、2010年3月までは、同事業の管理を新潟東港臨海水道企業団から受託してきた新潟東港地域水道用水供給企業団に引き続き業務を委託し、業務の円滑な移行を図る計画とされています。
【追記2】香川県善通寺市の水道事業の民営化については、宮下前市長の任期満了・引退に伴い2010年6月に選出された平岡政典新市長の所信表明により、直営を堅持し民営化は行わないこと、水道料金の値下げを検討することが打ち出されました。
◆強力なライバルがいない
ガス事業者にとっては電気事業者が強力なライバルとなっており、対抗上、民間事業者の経営ノウハウを活用するために民間譲渡、という流れができています。水道事業者にとってのライバルは、大口の工場等が自家用の井戸を掘削し、水道水を使わなくなる自家用水道の普及といえるでしょうが、大口需要者の割合は事業体によって様々ですので、全国の事業体の普遍的な問題とはいえません。また工業用水道事業では、責任水量制により実際の使用水量によらない固定料金を設定している事業が多く、その場合のライバルはほとんどないといえます。このように、強力なライバルがおらず、民間の経営ノウハウを生かせる局面が少ないことも民営化がなかなか進まない要因といえるでしょう。
◆資産価値の正確な査定に時間と費用がかかる
ガス事業施設と比べると、水道や工業用水道施設の構成は多様で複雑です。各事業体が現在作成している資産台帳では、資産勘定科目の節レベルまでの取得年次、取得価格、法定耐用年数、減価償却累計額、帳簿価格は明らかになりますが、例えば経年的な修繕履歴がデータ化されておらず、状態の評価を加味した資産の評価が難しい場合があるなど、デューデリジェンスにはそれなりの時間、費用、労力が必要となります。アフェルマージュ型の民営化では、行政は情報を完璧に整理して民間事業者に提供し、あとは基本的にノータッチという形態はありえないですから、運営業務の中で行政が適宜情報を提供し、民間事業者が自らの維持管理履歴を含めて設備台帳の作成とデータの整理を図っていくことが最も賢い方法かも知れません。
なお、地方公営企業の民営化を図る際に資産価値を適正に評価し、適正な価格で民間に譲渡するには、以前概要を紹介したオーストラリアニューサウスウェールズ州の資産会計処理マニュアルに示されたような、資産の現在の状態を帳簿価格に反映するための方法論の導入が望ましいといえます。
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